石破政権の経済政策は岸田路線の継承と脱アベノミクスの組み合わせ
石破首相は、4日に所信表明演説に臨む。その原案がメディア各社の報道によって明らかになってきた。石破氏は長らくアベノミクスと距離を置く発言をしてきており、脱アベノミクスが経済政策の基調と考えられる。他方で、自民党総裁に選出された直後には、岸田政権の経済政策の路線を引き継ぐと明言した。石破政権の経済政策は、岸田路線の継承と脱アベノミクスの組み合わせと理解できる。
しかしながら、首相就任直後には、日本銀行の政策金利引き上げに慎重な発言をしており、脱アベノミクス色はやや後退した印象がある。他方で、所信表明演説では岸田路線の継承を鮮明にする方向だ。とりあえず総選挙は、脱アベノミクスではなく岸田路線継承を前面に掲げて戦うのだろう。
岸田前政権の「構造的賃上げ」の継承が重要
石破首相は所信表明演説で、政策全体の方針としては、総裁選を通じて示してきたように、「ルール」「日本」「国民」「地方」「若者・女性の機会」の5つを守り、日本の未来を創り、未来を守ると主張する。そのうえで、経済政策では、1)物価高の影響を受ける低所得者世帯への支援、2)新たな地方創生施策を展開、3)中堅・中小企業の賃上げ環境整備、4)成長力に資する国内投資促進、5)石川県能登半島など自然災害からの復旧・復興、を挙げる見通しだ。
岸田前政権の経済政策は、その後半に定額給付金など、ややバラマキ色が目立ったが、石破首相は、物価高対策で低所得者世帯への支援を強調している。広範囲な世帯を対象にする支援ではなく、物価高の打撃が特に大きい低所得者世帯に絞った支援策となるのであれば、それは有効な施策であり、評価できる。
石破首相は、「賃上げと投資がけん引する成長型経済」の実現を掲げる予定であり、この点からも、岸田前政権の賃上げを継承する。最低賃金の全国平均1,500円を達成する時期の目標を2030年代半ばから2020年代に前倒しする方針とされる。
ただし、将来の適正な最低賃金の水準は、その時点での物価水準によることから、予め最低賃金の適正水準を示すことは難しいのではないか。それよりも、石破政権には、岸田前政権が掲げた「構造的賃上げ」という考えをより重視して欲しい。これは、(実質)賃金が上がっていくような経済環境を目指し、労働生産性向上に取り組むものだ。それを実現する手段のうち最も重要なのが「三位一体の労働市場改革」だ。
所信表明演説にも、政府として個人のリスキリング(学びなおし)など人への投資を盛り込む方向とされ、「構造的賃上げ」の考えも岸田前政権から一定程度継承されることが予想される。
岸田前政権の成長戦略に石破政権の地方創生の独自色が加わる
それ以外にも、岸田前政権が進めてきた成長戦略の多くを石破政権が引き継ぐ考えであり、これは望ましいことだ。それは、「資産運用立国実現プラン」、「労働市場改革」、「デジタル田園都市国家構想」、「少子化対策」、「外国人活用」などである。
これに、「地方創生」という石破色を加えたものが、石破政権の成長戦略のパッケージとなるだろう。演説では、地方創生の取り組みを支援するため、地方創生の交付金を当初予算ベースで倍増を目指す、と表明する見通しだ。さらに、「地方創生2.0として再起動させる」と表記されるという。
石破首相の地方創生策には、若い女性にとって魅力ある地方を作り、若い女性を地方にとどめる、あるいは呼び寄せることで、地方の出生率向上につなげる、といった、「地方創生」、「少子化対策」、「東京一極集中是正」の3つの成長戦略のパッケージという意欲的な考えがあると思われる。是非、独自の地方創生の成長戦略を進めていって欲しい。
日銀追加利上げへの慎重発言から円安が進む
3日の為替市場では、一時1ドル147円台まで円安が進み、それを受けて、日経平均株価が前日比1,000円を超える局面も見られた。そのきっかけとなったのは、2日に石破首相は日銀植田総裁と会談を行い、会談後に「政府としてあれこれ指図をする立場にはない」としつつ、「個人的にはそのような(追加利上げを行うような)環境にあるとは思っていない。追加の利上げをできる状況ではないと思っている」と記者団に語ったことがきっかけだ。日本銀行の独立性は尊重する姿勢を維持しながらも、日本銀行の政策に対して直接要望を述べた形である。
この発言を受けて、日本銀行が金融政策の正常化を進める方針を撤回するとは考えにくいが、当面、追加利上げのハードルは上がったと言えるのではないか。金融市場では追加利上げの時期が後ずれするとの観測が強まり、円安が進んだ。ただし、長期金利は大きく動いていないことから、債券市場では政策金利が引き上げられていくとの認識は維持されている。
選挙を睨んだ戦略か
こうした石破首相の発言は、金融緩和の長期化がもたらす弊害を指摘する従来の見解からはやや修正された印象もあるが、方針が大きく修正されたのかどうかについては、まだ慎重に見極める必要があるだろう。現時点での発言は、目先の総選挙を強く意識したものである可能性が高いとみられるからだ。まずは、選挙に勝ち、政権基盤を固めることが、石破政権の最優先課題なのだろう。
石破首相が自民党総裁選に勝利した直後に利上げ観測から円高が進み、株価が大きく下落したことが新政権へダメージになるとの危機感が、こうした発言の背景にある可能性が考えられる。また、目先に迫る衆院選挙に向けた短期集中型の政策アピール、という側面もあるかもしれない。
ただし、こうした発言を受けて再び円安が進むと、物価上昇圧力も高まり、国民生活を圧迫しかねない。この点から、石破政権が追加利上げに慎重な姿勢を強調することが、果たして選挙に有利に働くのかどうかについては不明確だ。そして、石破政権の基本的な政策スタンスは、選挙を終えてからでないと明確には読めないと考えられる。
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