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ハリス氏は大手企業と積極的に接触

ハリス氏は8月に独自の経済対策を打ち出したが、それは反企業的な色彩を帯びていた(コラム「ハリス氏が経済政策を発表:物価の安定と中間層支援をターゲットに」、2024年8月19日)。特に、物価高対策として大手食品メーカーの不正な値上げを取り締まる考えを強く打ち出している。

ハリス氏はカリフォルニア州の検事、司法長官の際に、大手企業の不正に立ち向かったという経験と重ねることで、物価高に苦しむ国民へのアピールを狙った。しかしこうした施策は、大手企業やウォール・ストリート(金融業、投資家)にとっては大きな懸念材料となった。ハリス氏が大統領選挙で勝利すれば、反企業、反産業的な政策が強まることが警戒されたのである。

しかしハリス氏は、大企業に対して厳しい姿勢をとることで、国民の利益を守るとの姿勢を表面的にはアピールしつつも、水面下では大手企業やウォール・ストリートの支持を取り付けるように積極的に働きかけている、とウォール・ストリート・ジャーナル紙は報じている。

ハリス氏は、バイデン氏と比べてより積極的に大手企業との接触をとっており、特にウォール・ストリートやシリコンバレー(IT業界)との関係構築に努めていることは、バイデン大統領の姿勢とは大きく異なる。さらに、彼らの意見に耳を傾け、それを選挙公約にも反映させているという。

大手企業の意見を選挙公約にも反映

例えばキャピタルゲイン税率については、現在の最高税率は20%であるが、バイデン大統領は年収100万ドル超の富裕層に適用される税率を39.6%に引き上げると表明していた。ハリス氏はこれを28%への引き上げにとどめる考えを9月に打ち出している。

また企業は、ハリス氏に対し、バイデン氏の予算案に含まれる主な課税強化策の多くを取りやめることも求めているという。一つは死亡時に500万ドルを超える未実現のキャピタルゲイン(含み益)に課税するものであり、もう一つは「ビリオネア最低所得税」と呼ばれる、純資産が1億ドル超ある富裕層の未実現利益に生前から一定の課税を行うというものだ。

さらに多くの企業経営者は、ハリス氏に対して、米連邦取引委員会(FTC)のリナ・カーン委員長の交代も迫っているという。リンクトインの共同創業者リード・ホフマン氏などは、反トラスト法(独占禁止法)を施行するカーン氏の強硬な姿勢が企業の合併・買収(M&A)の成立を妨げていると主張し、ハリス氏が当選したらカーン氏を解任すべきだと主張している。

ハリス氏はカーン委員長を交代させない意向であるが、反トラスト政策を修正し、企業のM&A活動を過度に阻害しないようにするとの考えを示しているとされる。

ハリス氏が反企業、反産業的な姿勢を見せたことや、大富豪や大企業に減税措置を講じるトランプ氏の政策を批判したことから、企業経営者はハリス氏への支持を見合わせ、またIT企業トップの一部は、トランプ氏支持に回った。しかし、ハリス氏の企業経営者らとの積極的な対話を受けて、ハリス氏への支持に傾く企業も出ているようだ。

したたかで柔軟なハリス氏

ハリス氏は、カリフォルニア州司法長官だった10年前に、JPモルガンのダイモンCEOと激しく対立した。しかしハリス氏は、今年に入ってダイモン氏を食事に招待し、対話を続けているとされる。ハリス氏の柔軟さを裏付ける逸話の一つである。

連邦選挙委員会(FEC)に提出された資金調達報告書によると、バイデン氏が大統領選から撤退する前の10日間に、同氏の陣営にはCEO約990人の献金者から約9万1,000ドル(約1,300万円)が集まった。一方、その後、ハリス氏が大統領候補になると、10日間でハリス陣営には同様の献金者5,000人から約200万ドル(約2億8,600万円)が集まったという。

広く国民に向けては不当な手段で巨額の利益を上げる大手企業を厳しく取り締まる、という姿勢を見せつつも、水面下では大手企業と積極的に接触し、支持の取り付けに動くしたたかなハリス氏の戦略は、大統領選挙の勝利を引き寄せる要因の1つになるかもしれない。

(参考資料)
"Harris Makes Undercover Push to Win Over Corporate America(大企業批判のハリス氏、水面下ではCEOに秋波)", Wall Street Journal, September 26, 2024

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。