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EV分野でトランプ氏とマスク氏は折り合いをつけた

米共和党の大統領候補トランプ氏は10月5日に、7月に銃撃を受けたペンシルベニア州バトラーで集会を開いた。そこには、起業家イーロン・マスク氏が応援に駆け付け、演説を行った。マスク氏は、民主党を「民主主義の脅威」と位置付け、トランプ氏への投票を呼びかけた。

マスク氏は、7月の銃撃事件直後に、トランプ氏への支持を正式に表明した。マスク氏は電気自動車(EV)大手テスラのCEOであり、バイデン政権の脱炭素政策、EV支援策に反対をしているトランプ氏とは意見が合わないようにも思われる。

実際には、マスク氏がCEOを務める航空宇宙メーカー、宇宙輸送サービス会社であるスペースXに対する当局の規制に同氏は強く反発しており、政権交代によって各分野で規制緩和を進めることを狙って、トランプ氏支持を掲げている面が強い。

EVについてトランプ氏は、補助金などを通じてEVの購入を強いるバイデン政権の政策に強く反対するものの、消費者がEV購入を望むのであればそれを妨げない、との姿勢である。さらにトランプ氏は6月に「私はEVの大ファンだ。私はイーロン(マスク)のファンだ。イーロンが好きだ」とも述べている。

一方マスク氏は、政府のEV補助金は廃止してもらって構わないという考えだ。テスラはEV開発で他社を大きく引き離しているため、政府の補助金によって支援してもらう必要はなく、それはテスラの競争力を高めることにもつながらない、との認識ではないか。

マスク氏はトランプ政権の規制緩和に大きな影響を与えるか

マスク氏は、証券取引委員会(SEC)、運輸省道路交通安全局(NHTSA)、連邦航空局(FAA)、環境保護庁(EPA)、全米労働関係委員会(NLRB)など多くの政府の規制当局と対峙してきた。特に最近、対立を強めているのがFAAだ。

FAAは11月後半にスペースXのロケット打ち上げを許可したが、これはスペースXが希望した9月中旬から大幅に遅れた日程となった。またマスク氏は9月24日に、FAAを訴える計画を明らかにした。スペースXが規制に違反したとして約63万3,000ドル(約9,000万円)の罰金支払いをFAAが求めたことについて、マスク氏は「行き過ぎた規制」と強く非難している。

マスク氏がトランプ氏を支持した背景には、トランプ政権が成立すれば、彼のビジネスに大きな障害となっている当局の規制を大きく緩和することができるとの考えがあるのだろう。

トランプ氏は、大統領選挙でホワイトハウスに復帰した場合に、マスク氏を「政府効率化委員会」のトップに起用する意向を表明している。この委員会は、政府の支出を見直し、削減を検討する組織だ。マスク氏もそれに同意したとされる。

実際に、マスク氏がトランプ政権の要職に採用されるかどうかは分からないが、トランプ政権の政策に大きな影響を与える可能性は高いだろう。マスク氏のトランプ氏への支持表明は、AI規制や宇宙などさまざまなテーマについてトランプ氏に影響を与えられることに賭けたものだ。トランプ氏が再選されれば、先端産業での規制緩和が相応に進む可能性は考えられるところだ。

(参考資料)
"The Fight Elon Musk Is Ready to Pick in a Trump Administration(マスク氏が「トランプ政権」で仕掛ける戦い)", Wall Street Journal, September 25,2024
"Squaring Elon Musk's EV Future With Donald Trump's EV Knocks(マスク氏とトランプ氏、EVの落としどころ)", Wall Street Journal, July 25,2024

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。