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「トランプラリー」の説明には不可解な面も

10月に入ってから、米国の長期金利は上昇傾向で推移しており、それに合わせてドル高が進んでいる。これを、トランプ氏の再選を織り込んで市場が動く「トランプラリー」と説明する向きが金融市場では少なくないが、それは後追い的な説明なのではないか。実際には、9月分雇用統計などの経済指標が上振れた結果、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ期待が後退したことによるところが大きいだろう。

ただし、米国でのインフレ率の低下傾向は明確であり、今後もFRBの利下げが続けられる可能性が高いことを踏まえると、米国の長期金利の上昇とドル高の流れには早晩限界が来るのではないか。

トランプ氏が再選される場合、大規模な追加関税が実施される可能性がある。それは国内物価を押し上げ、FRBの利下げの妨げになる、あるいは再利上げを強いる可能性があり、それが長期金利の上昇とドル高をもたらす、というのが「トランプラリー」の考え方だ。

しかし、トランプ氏が再選されて、大規模な追加関税が実施される場合に、金融市場で長期金利の上昇とドル高が持続的に生じるかどうかは疑わしい。筆者は逆に、長期金利の低下とドル安が進むのではないかと考えている。それは、大規模な追加関税が経済をかなり悪化させることが予想されるためだ。

景気の悪化と物価の上昇、つまりスタグフレーションの傾向が強まれば、FRBは、しばらくは立ち往生することになるだろう。そうした状況は、通常は通貨安や株安を生みやすい。結局景気の悪化傾向が強まれば、金融緩和観測で長期金利は低下し、ドルは下落するだろう。トランプ氏は、追加関税とは別に、FRBに利下げを迫ることと、ドル高を問題視していることを標榜しており、それもドル安要因だ。

トランプの主張をエコノミストは受け入れないが、一般国民は騙される

前ニューヨーク(NY)連銀総裁のウィリアム・ダドリー氏はブルームバーグに寄せたコラムで、輸入品への関税を大幅に引き上げれば生活が豊かになる、というドナルド・トランプ氏の甘い言葉に多くの米国民が騙されている、と主張する。

トランプ氏は、高関税が政府に大きな収入をもたらした1890年代終盤のウィリアム・マッキンリー政権を引き合いに出し、輸入関税の引き上げは米国の製造業、投資、雇用、経済成長を活性化させると主張する。

しかし米国のエコノミストはこの主張を受け入れていない。ダドリー氏によると、最近の調査で、95%のエコノミストが「関税はそのかなりの部分が物価上昇を通じ、課した側の国の消費者の負担になる」という考えに同意しているという。ハリス氏も、関税の引き上げは消費税のように作用し、輸入品も国産品も価格が上がると主張している。以前には、米国の16人のノーベル経済学賞受賞者が、トランプ氏の経済政策がもたらす経済的打撃について警鐘を鳴らした(コラム「ノーベル賞受賞の経済学者16人がトランプ再選に警鐘」、2024年7月3日)。

このように、エコノミストはトランプ氏の主張を受け入れていないが、多くの一般国民は受け入れている。ロイターとイプソスが9月に実施した共同世論調査では、登録有権者の56%が、一律10%の関税と中国への60%の関税を訴える候補者を支持する可能性が高いと回答した。また、ブルームバーグとモーニング・コンサルトが行った世論調査によると、すべての輸入品に10%の関税を課すとのトランプ氏の提案について、激戦州の有権者の過半数が強く賛成、またはある程度賛成だと回答した。

金融市場はトランプ関税が経済に与える影響を過小評価していないか

金融市場も、トランプ関税が経済に与える影響を過小評価しているのではないか。ダドリー氏も指摘している点であるが、トランプ氏が再選した場合に実施する追加関税がもたらす経済への打撃は、トランプ前政権下での追加関税とは規模が全く違うのである。前回の追加関税が米中経済や世界経済に深刻な打撃を与えなかったからといっても、次回も同様と考えるのは短絡的過ぎる。

重要なのは、今回トランプ氏が掲げているのはすべての輸入品に一律に追加関税を課すというものであり、トランプ前政権下での一部の輸入品への追加関税とは全く異なる点を理解する必要がある。トランプ氏は、全輸入品に一律20%、中国からの輸入品には最大60%の関税を課すとしている。

タックス・ファウンデーションは、2025年末までに平均関税率が8倍に上昇する可能性があると推定している。ダドリー氏は、全面的な関税引き上げとなれば、それはインフレを招き、成長を阻害することになる。また、米国が競争優位性を欠く分野に生産がシフトすることで、生産性は低下を余儀なくされる。輸入原材料費の高騰により、米国の生産者は代替品を見つけるのに奔走せざるを得なくなり、サプライチェーンに負担がかかるため、生産性はさらに低下すると中長期的にも米国の生産性上昇率、成長率を押し下げる、としている。また、外国からの報復関税も避けられなくなり、保護主義が世界に蔓延して、世界経済の大きな打撃となるのではないか。

ダドリー氏は、「もしかするとトランプ氏は、関税を引き上げるのが賢策だと本気で信じているのかもしれない。いずれにせよ、トランプ氏は自分が話していることを理解していないという点を、有権者は認識しておく必要がある」との厳しいコメントでコラムを締めている。

(参考資料)
"Voters Believe in Trump's Tariffs. They’re So Wrong: Bill Dudley(だまされるな、トランプ関税は生活を苦しくする-ダドリー)", Bloomberg, October 22, 2024

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。