与党は国民民主党に協力を仰ぐか
衆院選挙翌日の10月28日の記者会見で石破首相は、野党との連立あるいは連携の可能性について記者から問われると、「現時点で連立を想定している訳ではない」としたうえで、議席を大きく伸ばした野党の主張のどれが国民に評価されたかを分析し、その優れた政策を与党も取り入れていく、とした。そのうえで、野党とよく政策を協議し、信頼関係を築いた上で、連立あるいは連携を協議していく考えを示した。
これは、国民民主党との連携を念頭に置いた発言だったと考えられる。立憲民主党やれいわ新選組も議席を大きく伸ばしたが、政権交代を目指す立憲民主党が与党に協力するとは考えにくい。また、れいわ新選組は衆院で9議席を確保したに過ぎず、与党がそれを政権に取り込む意味は薄い。
他方、7議席から28議席に大幅に議席を伸ばした国民民主党を連立に取り込めば、自公と合わせて243議席と、過半数の233議席を上回る。連立政権に取り込まなくても、首班指名選挙で国民民主党の協力さえ得られれば、自公連立の枠組みと石破政権をとりあえず存続させることができる。
国民民主党の玉木代表は28日に、「納得できる理屈あればいろんな形ある」として、条件次第では首班指名で与党に協力する余地があることを仄めかす発言をしている。他方で自公との連立に加わることは強く否定している。国民民主党はいまや、政治情勢を決める「キャスティングボート」を握る極めて強い存在となっている。
積極財政等と金融緩和による「高圧経済」を打ち出す国民民主党
与党が国民民主党に協力を仰ぐ場合には、国民民主党の掲げる政策を一部受け入れることが求められるだろう。その際に焦点になるのは、「手取りを増やす。」とのスローガンのもとで、国民民主党が衆院選挙で最も強く打ち出した物価高対策、個人消費の喚起策だろう。国民民主党の政策案が、政府が早期にまとめるとする2024年度補正予算編成を伴う経済対策に反映される可能性がある。
そこで、今後の政府の経済政策を占ううえで、国民民主党が掲げる経済政策を再度点検し、どの政策が採用される可能性があるかを考えてみる必要があるだろう。
国民民主党は以下のように、自ら提案する物価高対策、個人消費の喚起策を総括している。
「名目賃金上昇率が一定水準(物価上昇率+2%=当面の間4%)に達するまで、積極財政等と金融緩和による「高圧経済」によって為替、物価を適切に安定させ、経済低迷の原因である賃金デフレから脱却する。それまでの間、増税や社会保険料アップ、給付削減などによる家計負担は行わず、消費税率を10%から5%に引き下げる。」
非常事態であるから財政悪化に目をつぶり積極財政・金融緩和をすべきという考えか
最低賃金を引き上げ、「全国どこでも時給 1150 円以上」を実現することで賃金を引き上げる一方、「減税・社会保険料の軽減・生活費の引き下げで、みんなの手取りを増やす」としている。こうした政策に、財源確保や財政健全化の発想は見られない。同じく減税を掲げる立憲民主党や日本維新の会は、所得税、法人税の一部引き上げ、消費税の軽減税率の廃止、医療費自己負担の一部引き上げなども政策に掲げており、財源への配慮が一定程度見られるが、国民民主党はそれとは異なるように見える。
今までも、現在は非常事態であるから、財政悪化には目をつぶって積極財政、積極金融緩和をすべきという考えのもと、異例の金融緩和と財政悪化が常態化してしまい、円安、市場機能の低下、中長期の経済の潜在力低下など様々な問題を生じさせてしまった。
現在は、大きな外的ショックなどによって経済が低迷する非常事態にあるのではなく、経済の実力を反映して低迷している状況、いわば低位安定の状況だ。経済の実力を高めるためには、中長期的な観点から経済の潜在力を高める成長戦略、構造改革が必要であり、一時的な効果しか生まない減税、給付などでは経済の実力は高まらない。
国民民主党の経済政策の具体案
国民民主党が選挙公約で掲げた主な物価高対策、個人消費喚起策は、以下の5点である。
1)所得税減税
- 基礎控除等を103万円→178万円に引上げ、年少扶養控除復活
2)消費税減税
- 実質賃金が持続的にプラスになるまで一律5%、インボイス廃止
3)ガソリン代値下げ
- トリガー条項凍結解除、二重課税廃止によるガソリン減税
4)電気代値下げ
- 再エネ賦課金徴収停止
- 安全基準を満たした原子力発電所の再稼働
5)現役世代の社会保険料軽減
- 年齢ではなく負担能力に応じた窓口負担
(後期高齢者医療における3割負担の対象拡大、高額療養費の自己負担限度額の見直し) - 公的保険の給付範囲見直し
- 後期高齢者医療制度への公費投入増による拠出金減額
- 毎年5兆円の「教育国債」発行。公的医療保険制度に上乗せして徴収するこども子育て支援金制度の廃止
短期的には電気代・ガソリン代値下げで国民民主党の意見を取り入れるか
与党は、特別国会の首班指名で国民民主党の協力を得るために、2024年度補正予算で手当てする経済対策に、国民民主党の政策を一部取り入れることを検討するだろう。与党は、既に低所得者向け給付を掲げているが、これに加えて、物価高対策の一環で、ガソリン代、電気・ガス代の価格抑制策を加える可能性があるだろう。
国民民主党はガソリン価格を押し上げる特別税率の廃止を止めているトリガー条項の凍結を解除することを主張してきた。これについては、国民民主党の提案で自公両党との3党で検討チームを設置し議論を重ねたが、進展しなかった。凍結解除によって、ガソリン価格は1リットル当たり25.1円低下するが、それは国と地方で大きな税収減になることや、ガソリン価格の低下が脱炭素政策に逆行するなど問題がある。このような点から、トリガー条項の凍結解除は慎重に検討すべき課題と筆者は考える。既に海外での原油価格は安定を取り戻しており、円安傾向に歯止めがかかれば、国内でのガソリン代、電気・ガス代は低下していくことが見込める。
しかし、政治情勢が大きく変わるなか、与党は国民民主党の意見を取り入れてトリガー条項の凍結解除を決める可能性が考えられる。ただし、凍結解除には法改正が必要であり、改正は早くても来年度通常国会になるだろう。そこまでの間、政府は既存のガソリン補助金制度を延長するのではないか。
他方、世帯の平均電気代に1割程度上乗せされている再エネ賦課金の徴収を停止することも国民民主党は主張しているが、同制度を廃止すると、再エネによる発電拡大の大きな障害になる可能性があることから、与党はこれについては受け入れられないのではないか。
今回の経済対策では、将来のトリガー条項の凍結解除を前提にガソリン補助金制度を延長するとともに、電気・ガス補助金制度を単純に延長することが予想される。
所得税減税、年収の壁対策も受け入れるか
国民民主党の玉木代表は、基礎控除等を103万円から178万円に引上げることを通じて、低所得層に対する所得減税を行うとともに、所得税支払いを回避するために労働を控えてしまう「年収の壁」問題への対応を進めることを、同党の「看板政策」と位置付けている。その実施を、政策協力の相手政党にも働きかけていくことが予想される。
「年収の壁」問題には、年収が130万円を超えると、扶養から外れて自身で国民健康保険や国民年金に加入しなければならなくなるという「130万円の壁」もある。これについては、与党も企業への補助金などを通じて既に一定程度対応しているが、より抜本的な対応には、働く女性を前提にしていない「第3号被保険者制度」の見直しなどが必要になる。「第3号被保険者制度」は、女性の社会進出の妨げになっている面もある。
経済対策にはこれら2つの「年収の壁」は織り込まれないだろうが、2025年度の通常国会で審議することを、与党は国民民主党に約束する可能性があるだろう。
他方、国民民主党が主張する消費税率の5%への引き下げについては、大きな税収減につながり、安定した社会保障政策の障害になることや、財政政策の信認を一段と損ねてしまう可能性があることから、与党はそれを受け入れることはないだろう。
財政拡張傾向がより強まるリスク
衆院選挙で与党が大幅に議席数を減らす一方、立憲民主党、国民民主党、れいわ新選組が大幅に議席数を増加させたのは、民意の反映であることは確かだ。それには自民党の政治資金問題が大きく影響したことは疑いないが、経済政策に置いても野党がより支持された面もあったのではないか。
この点から、石破首相が記者会見で述べたように、与党は、国民に支持された野党の政策を検証し、妥当であれば受け入れていくことが期待される。
ただし、財源や将来にわたる国民負担への配慮が十分になされていない野党の経済政策を丸呑みし、そのまま受け入れれば、財政環境は一段と悪化し、将来負担の増加が中長期の成長期待の低下、経済の潜在力の低下を促し、長い目で見た国民の利益にはならない可能性もある。
こうした点にも配慮した上で、石破政権は、目先の物価高対策、個人消費喚起策よりも、経済の潜在力を高め、労働生産性上昇率の引き上げを通じて実質賃金上昇率を高める成長戦略、構造改革を経済政策の中核に据えて欲しい。
また、石破首相が長らく主張していた金融・財政政策の正常化という主張は、首相就任後に修正され、トーンダウンした感があるが、今後野党との協力を模索する中で、それが、財政拡張、金融緩和方向へ2段階で大きく振れてしまうことがないことを望む。
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