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政府の追加利上げは日銀の追加利上げを慎重に

10月31日の金融政策決定会合で、日本銀行は金融政策の維持を決めた。これは大方の予想に沿ったものである。

展望レポートで示された景気・物価見通しには、前回7月時点と比べて大きな修正はなかったが、2025年度の消費者物価(除く生鮮食品)の見通し中央値は、+2.1%から+1.9%に下方修正された。これは原油等の資源価格の下落の影響と考えられ、日本銀行の基調的な物価の見通しには変化はない。

「消費者物価の基調的な上昇率は、(中略)見通し期間後半には『物価安定の目標』と概ね整合的な水準で推移する」との表現は前回と変えておらず、基調的な物価の見通しに基づく追加利上げの基本的な方針に変化はないことを示している。

9月の前回会合では、①8月に見られた金融市場の不安定な動きが、潜在的にはなお続いている可能性、②円安修正によって物価見通しの上方リスクが低下したこと、③米国経済に下振れリスクがあること、の3点を理由に挙げ、植田総裁は「時間的余裕はある」として、追加利上げを急がない姿勢を示した。

前回会合以降、これら3つのリスク要因はやや緩和された感はある。しかし、その間、石破政権発足当初に、政府が日本銀行の追加利上げをけん制する動きが見られた。これが日本銀行の追加利上げをより慎重にさせたことが、今回の政策維持の決定につながった面もあるだろう。

「時間的な余裕はある」との表現がいつ修正されるかが注目点

さらに注目したいのは、9月の会合以降日本銀行が使い始めた「時間的な余裕はある」との表現が、次の決定会合では追加利上げを考えていないことを示唆する、新しい市場との対話手段になっていると考えられることだ(コラム「「時間的な余裕はある」という表現は日銀の新たな市場との対話手段か」、2024年10月29日)。

この点から、本日の総裁記者会見では、「時間的な余裕はある」との表現をしない、あるいは修正するかどうかが最大の注目点となる。 実際には、植田総裁は、「基調的な物価上昇率が予想通りに高まっていく中で、金利を徐々に調整していく」という表現と、現状では追加利上げの時期を判断する「時間的な余裕はある」との表現の双方を合わせ技で示すことになるだろう。

衆院選挙後の政治情勢は極めて不安定となっており、これが金融市場の不安定化につながる可能性がある。また、与党が協力を求める一部野党の主張を受け入れて、政府が日本銀行の追加利上げをけん制する姿勢を再び強める可能性もあるだろう。さらに、11月5日の米国大統領選挙の結果で、金融市場が大きく動く可能性がある。このように、日本銀行が金融政策を決定する上で、当面の環境は異例なほど不確実性が高い。

こうした環境の下では植田総裁は、次回12月の会合で追加利上げを行うか否かを、本日の記者会見で、「時間的な余裕はある」との表現の見直しを通じて市場に伝えることはできないはずだ。

従って、記者会見で「時間的な余裕はある」との表現を維持したからと言って、12月の会合で追加利上げがない、とは判断できない。次回12月の会合で追加利上げを行う際には、その直前の総裁あるいは副総裁の講演、インタビューなどの機会を使い、「時間的な余裕はある」との表現を見直すことで、それを事前に市場に伝えるだろう。

円安進行が追加利上げのトリガーとなる可能性

筆者は、来年1月を追加利上げの時期と引き続き考えているが、仮に今年12月に追加利上げが実施される場合には、そのトリガーとなるのは円安進行だろう。ドル円レートが1ドル155円~160円のレンジに入れば、政府は円安が物価に与える悪影響に配慮して、円買いドル売りの為替介入に踏み切ることが予想される。

そしてその際には、手のひらを返すように、政府は円安阻止に向けて日本銀行に政府との協調を求め、追加利上げの実施を後押しする可能性が出てくるのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。