実質賃金の下落幅拡大で10年国債利回りの低下が進む
10日の日本の債券市場では、10年国債利回りの低下が進み、一時0.56%台を付けた。これは、昨年12月の日本銀行金融政策決定会合後である12月20日の0.55%台以来の低水準である。
利回り低下のきっかけとなったのは、同時に発表された11月分毎月勤労統計で、名目賃金(現金給与総額)上昇率から消費者物価(持ち家の帰属家賃を除く総合)上昇率を引いた実質賃金上昇率が、前年同月比-3.0%と前月の同-2.3%から下落幅を拡大させたことだ。その結果、1月の金融政策決定会合など早期に、日本銀行がマイナス金利政策解除に踏み切るとの観測が後退し、これが長期国債の利回り低下をもたらした。
消費者物価上昇率が低下傾向を辿る中、名目賃金上昇率は安定した動きとなっており、実質賃金上昇率のマイナス幅は縮小トレンドにあると考えられる。しかし、名目賃金、つまり現金給与総額には変動が激しい残業代や一時金が含まれることから、月々大きな振れが生じる。11月の現金給与総額は前年同月比+0.2%と前月の同+1.5%から大きく下振れた。
11月の予想外の実質賃金上昇率の下落幅拡大は、こうした一時的要因によるところが大きいのである。
2024年の所定内賃金が2%に達するのは難しい
他方、比較的安定した推移を見せる傾向がある所定内賃金は、11月には前年同月比+1.2%と前月の同+1.3%とほぼ同水準である。所定内賃金上昇率は2023年春闘での予想を上回る賃上げを受けて、2023年1月の同+0.9%から、5月には同+1.7%まで加速したが、その後は頭打ちとなっている。
2024年の春闘での賃上げ率は2023年の水準を幾分上回る可能性が考えられるが、それでもベアに相当する毎月勤労統計の所定内賃金が2%に達するのは難しそうだ。
所定内賃金上昇率が2%に達せず、また実質賃金上昇率の下落が当分続く見通しの中で、日本銀行が今年の春闘を受けて2%の物価目標達成を宣言し、4月の会合でマイナス金利政策の解除という金融市場の多数派の見方にはリスクがあるだろう。
筆者は今年10月の会合でのマイナス金利政策の解除を標準シナリオとしている。米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げが長期化する場合には、日本銀行のマイナス金利政策の解除はさらに先送りされるだろう。
日本銀行は国債市場の高いボラティリティに配慮して慎重な政策運営か
2023年10月末に日本銀行がイールドカーブ・コントロール(YCC)の再柔軟化に踏み切ったことで、10年国債利回りは概ね市場実勢で決まるようになったと考えられる。そうした中、米国の長期国債利回りと日本銀行のマイナス金利政策の解除の時期に関する観測の2つの要因で変動を続ける構図だ。
しかし、日本銀行が1月の会合でのマイナス金利政策の解除を見送るとの観測が広がったとしても、近い将来にマイナス金利政策の解除に踏み切るとの観測が揺らぐわけではない。10年国債利回りが短期(政策)金利の向う10年間の平均予測値で決まるとすれば、目先のマイナス金利政策解除のわずかなタイミングのずれで10年国債利回りが大きく変動することは理論的にはないはずだ。
しかし実際には、10年国債利回りは目先のマイナス金利政策解除の時期を巡る観測で大きく変動している。これは、国債市場のボラティリティが過度に高まっていることを意味するのではないか。そして足元での国債市場のボラティリティの高さは、為替市場のボラティリティを高め、その結果、円安が進んでいる。
日本銀行は、こうした国債市場のボラティリティの高さに配慮して、慎重に金融政策の修正を進めていくことになるだろう。その際には、市場との対話を重視し、時間をかけて市場に先行きの政策の軌道を織り込ませていくだろう。
こうした点を踏まえても、春闘直後のタイミングであり、またFRBの利下げ開始と重なる可能性がある4月の決定会合で、日本銀行がマイナス金利政策の解除に踏み切ると決め打つことには大きなリスクがある。予想が外れた場合には、国債市場と為替市場のボラティリティをかなり高めてしまうだろう。
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