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定額減税と給付金は空振りか

内閣府は、11月15日(金)に7-9月期GDP統計(一次速報)を発表する。日本経済新聞が10月末時点で集計した民間エコノミスト10人の予測値平均によると、同期の実質GDPは前期比+0.1%、前期比年率+0.5%となった。4-6月期の前期比+0.7%、前期比年率+2.9%から大幅に減速する。10月上旬時点でのESPフォーキャスト調査では、7-9月期の実質GDPの前期比年率の予測値平均は+1.6%であったことから、1か月のうちに見通しが大幅に下方修正されたことになる。

7-9月期GDP統計を特徴づけると見込まれるのが、個人消費の弱さだろう。日本経済新聞の調査によると、同期の実質個人消費は前期比+0.2%と前期の同+0.9%から大きく増加率を低下させる見通しだ。

実質個人消費は今年1-3月期まで4四半期連続で前期比マイナスとなった。3月の春闘での賃金上振れや、自動車不正認証問題による自動車販売の減少の反動を受けて、7-9月期の実質個人消費は増加に転じた。その際には、個人消費の異例の弱さは終了、との見方が広がったが、その後も個人消費の低迷は続いている。

注目されるのは、6月に開始された定額減税と給付金の影響が7-9月期に表れていることが見込まれる中でも、個人消費の弱さが目立つという点だ。1年前に閣議決定された定額減税と給付金は総額5.1兆円と見積もられ、それはGDPを1年間で0.19%押し上げる、と筆者は予想していた。

しかし、7-9月期に予想される個人消費の弱さは、その経済効果が期待したほど生じていない可能性を示唆しているのではないか。

個人消費が弱い中、インバウンド需要と輸出によって何とか支えられているのが、今の日本経済だろう。インバインド需要は2023年の実質GDP成長率を+0.8%押し上げたと推定される。また2024年の成長率を+0.6%押し上げると予想する。インバウンド需要がなければ、2023年の成長率は半分程度にとどまった計算であり、2024年の成長率は0%前後になると見込まれる。

定額減税と給付金の効果が期待外れだったことを真摯に受け止めよ

7-9月期GDP統計(一次速報)は、政府が11月22日にも閣議決定を予定している、経済対策の議論に影響を与えるのではないか。個人消費の弱さが確認されたことから、消費喚起を狙って経済対策の規模をさらに膨らませる方向で議論が進む可能性が考えられる。

他方、定額減税と給付金の個人消費への影響が期待したほどではなかったことを踏まえて、経済対策の中身の是非がより真剣に議論されることを期待したい。根深い個人消費の弱さの底流には、長い目で見て、物価高が続く中、実質所得が余り増加しないことへの消費者の懸念があるだろう。

足もとで実質賃金の上昇率は前年比でプラスに転じつつあるが、2023年に実質賃金は前年比‐3.5%と大幅に低下しており、実質賃金の水準はなおかなり低い。さらに、実質賃金上昇の持続性にも不安が残るため、実質賃金の上昇率が前年比でプラスに転じるだけでは、個人消費の本格的な回復には繋がらない。

個人が望んでいるのは、減税や給付金によって一時的に所得環境が改善することではなく、実質賃金が持続的に増加し、また、その増加率が先行き高まっていき、生活水準が切り上がっていくことではないか。それが実現されるには労働生産性上昇率が高まることが必要であり、減税や給付金によって一時的に所得が増えてもそれは実現しない。

成長戦略を経済政策の中心に

こうした点から、政府に期待されるのは労働生産性上昇率を高める成長戦略だ。自民党の選挙公約では、リスクリング、ジョブ型雇用の促進、労働移動の円滑化からなる労働市場改革が掲げられている。これは、岸田前政権の「三位一体の労働市場改革」を継承したものであり、これは労働生産性上昇に資する重要な成長戦略だ。また、石破首相は「地方創生」、「東京一極集中の是正」、「少子化対策」を一体で進める考えを示しており、大いに期待したいところだ。ただし、こうした成長戦略は、2024年度補正予算で賄われる経済対策に盛り込まれるのではなく、2025年度本予算に盛り込まれるべきだ。

他方、個人消費の回復を後押しする短期的な政策としては、物価上昇懸念を煽っている円安に歯止めをかける、為替の安定化策も重要だ。政府と日本銀行が連携して、過度な円安阻止に取り組みことは重要なことである。この点から、日本銀行の利上げを妨げることは、過度な円安修正の妨げとなり、物価高問題をより深刻にしてしまう可能性があることには留意すべきだ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。