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元USTR代表のライトハイザー氏が通商政策全体を監督するポストに就くとの報道

11月5日の米国大統領選挙で勝利を収めた共和党のトランプ次期大統領は、政権人事を進めている。トランプ政権第1期で米通商代表部(USTR)の代表を務め、貿易政策を推進したロバート・ライトハイザー氏が、トランプ政権第2期でも重要なポストに就き、保護主義的な貿易政策の推進を支える可能性が高まっている。

英紙フィナンシャル・タイムズは11月8日に、トランプ次期大統領がライトハイザー氏に次期USTR代表への再登板を要請した、と報じた。ただし、ライトハイザー氏は財務長官や商務長官を希望しているとの報道もある。フィナンシャル・タイムズは、財務長官には、マクロヘッジファンドを率いるスコット・ベッセント氏、商務長官には政権移行チームの共同議長を務めるリンダ・マクマホン氏が検討されていると報じた。

他方、米紙ウォールストリート・ジャーナルは13日に、トランプ次期大統領は側近らに対して、ライトハイザー氏を次期政権の通商担当トップに起用する方針を示した、と報じている。商務省やUSTRを含む政権全体の通商政策を監督するポストに就くという。ただしそれはまだ確定ではなく、ライトハイザー氏が財務長官や商務長官、または国家経済会議(NEC)委員長など、他の要職に起用される可能性もあるという。

いずれにせよ、ライトハイザー氏が次期トランプ政権で、経済、貿易に関わる要職に就く可能性は高く、同氏が主張する一律追加関税など保護主義的な貿易政策が採用される可能性は高まっている。

トランプ次期大統領は、新政権の最優先課題に位置付ける国境政策の責任者に、第1期で移民・関税執行局(ICE)の局長代理を務めたトム・ホーマン氏を任命することを明らかにした。トランプ政権の看板政策でもある、移民規制強化と保護主義色の強い貿易政策の2つで、ともに強硬派の人物が要職に就くことになる。

トランプ氏の保護貿易主義はライトハイザー氏から継承か

ライトハイザー氏はUSTR代表だった時に、国家安全保障を理由にして、世界の多数の国から輸入する鉄鋼に最大25%の関税を課した。またライトハイザー氏は、北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の制定に尽力したことでも知られている。

ライトハイザー氏は昨年6月に、「自由貿易という幻想(No Trade is Free)」という著書を発行し、保護主義的な貿易政策を主張した。またライトハイザー氏は10月末のフィナンシャル・タイムズへの寄稿で、「持続的に大きな黒字を出す国は世界経済の保護貿易主義国家だけ」とし、「米国の貿易パートナー、特に貿易黒字が大きい国は米国の政策変更を非難するべきでない」と主張した。

また今年3月の英エコノミスト誌への寄稿でも、一律追加関税に言及し、「米国の貿易赤字を減らすためには全般的に少なくとも10%の新たな関税が必要だ」とした。また中国に対しても、2000年の中国の世界貿易機関(WTO)加入を承認するために付与した「最恵国」地位を剥奪することを提案した。

これらはトランプ次期大統領の主張と重なるが、同氏が選挙で掲げてきた、一律関税10~20%、中国産輸入品に対する60%超の追加関税、メキシコを迂回した中国産自動車に対する100%関税などの公約は、ライトハイザー氏の著書や寄稿、インタビュー内容をほぼそのまま引用したもの、とも指摘されている。

追加関税導入は政権発足直後にも

追加関税の導入は議会の承認が必要でないことから、来年1月のトランプ次期政権発足直後にも、移民規制の強化と合わせて打ち出される可能性が考えられる。米国以外の国の株式市場は、そうした政策が自国に及ぼす悪影響を意識しているが、追加関税の導入は、米国内での増税策に他ならず、米国経済にも悪影響が及ぶ。

この点を踏まえると、トランプ次期政権の経済政策の効果を織り込んでドル高、株高、長期金利上昇が進む米国市場の「トランプトレード」は、持続的ではないのではないか。

株式市場が期待するトランプ次期政権の減税策の規模は、第1期と比べてかなり小さい。また、それらは議会審議が必要であるため、トランプ次期政権の優先課題とはならないだろう。減税、規制緩和などの政策は後ずれする一方、米国及び世界経済に大きな打撃となり得る追加関税が先行して打ち出される可能性に、留意しておきたい。

(参考資料)
"Donald Trump Tells Allies He Wants Robert Lighthizer as His Trade Czar(トランプ氏、ライトハイザー氏を通商政策トップに起用へ)", Wall Street Journal, November 13, 2024
「「関税爆弾設計者」ライトハイザー元米通商代表部代表、超強硬保護貿易のトップに指名か」、2024年11月12日、中央日報

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。