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103万円の壁対策で地方は5兆円の税収減に

政府が11月22日に閣議決定した総合経済対策には、国民民主党が求める「103万円の壁」対策を行うことが明記された。しかし具体的な措置については決まっておらず、年末にかけての2025年度の税制改正論議の中で本格的に議論される。

国民民主党が求める、所得税の基礎控除・給与所得控除額の水準を現行の103万円から178万円まで引き上げ、住民税についても同様の措置を講じるケースでは、税収の減少額が7兆円から8兆円にまで達すると政府は試算している。

ここにきて「年収103万円の壁」の見直しに警戒を強めているのは、地方公共団体だ。地方公共団体は、「年収103万円の壁」が見直しされた場合の税収減の試算をそれぞれ打ち出しており、税収減による地方行政サービスへの悪影響を指摘している。

地方公共団体が直面するのは、住民税の減少だけではない。国税である所得税の33.1%は国税として国が代わって徴収し、一定の合理的な基準に従って、地方交付税交付金として地方に再配分される仕組みとなっている。国民民主党案に沿って基礎控除・給与所得控除額の水準が引き上げられると、住民税が4兆円程度の減収になることに加えて、所得税の税収減の33.1%分だけ地方交付税交付金も減少し、その規模は1兆円程度になる見通しだ。つまり、合計で地方の歳入は5兆円程度も減少してしまうのである。減収額は、自治体が自由に使える本年度の一般財源総額(地方財政計画ベース)の1割近くに匹敵する計算となる。

住民税の減税を見送る「分離案」が浮上

そこで与党内では、所得税の基礎控除(48万円)を引き上げる一方、住民税の基礎控除(43万円)を引き上げの対象としない、いわゆる「分離案」が浮上しているとされる。その場合、「103万円の壁」対策の効果が低下してしまう面はあるが、国民民主党が衆院選挙で公約として掲げていたのは、所得税減税であって住民税減税ではなかったことを踏まえれば、国民民主党が最終的にこの分離案を受け入れる可能性はあるだろう。

しかしその場合でも、所得税の基礎控除・給与所得控除額の水準を現行の103万円から178万円まで引き上げれば、所得税の税収が2~3兆円減少し、その33.1%分、つまり7千億~1兆円程度、地方公共団体の歳入が減ってしまう。

基礎控除額の引き上げ限定で「103万円の壁」対策の弊害を小さくできる

国の税制改正に伴う地方の減収分は、地方交付税特例交付金で手当てしたケースが過去には多いが、これは一時的な措置であり、恒久的な地方の歳入とはならない。地方の歳入不足分は国が剰余金などの活用で穴埋めすることも可能だが、その分国の財政負担は高まる。結局、「103万円の壁」対策に伴う税収減は、自治体が臨時財政対策債発行など借金をしてまかなう、地方の行政サービスが削減される、あるいは国の負担となることが避けられない。

「103万円の壁」対策は必要であるが、議論の過程では、その目的を人手不足の緩和と低所得層の所得環境改善の2つに定めることが重要ではないか。基礎控除額などの引き上げ幅を抑えることや、基礎控除額などの引き上げを低所得者層に限定すれば、その2つの目的を達成しつつ、国、地方の財政負担増加や高額所得層により減税の恩恵が及ぶといった弊害を小さくすることが可能となる。そうした方向で、「年収103万円の壁」の議論が今後進められることを期待したい。

(参考資料)
「103万円の壁「地方減収、国が補填を」 自治体懸念、国民民主が説明」、2024年11月23日、朝日新聞
「年収103万円の壁:「103万円」見直し、住民税除外 与党、所得税と分離案 減収懸念、地方に配慮」、2024年11月23日、毎日新聞
「「103万円」引き上げ合意 「働き控え」解消、企業は歓迎」、2024年11月21日、産経新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。