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昨年先送りされた退職金税制の見直しを再び議論

11月25日から年末の税制改正の議論が本格的に始まった。最大の焦点は「103万円の壁」対策である。

それに加えて、退職金税制の見直しも議論される。退職金税制の見直しが議論されるのは、退職金を一時金として受け取る際に納める所得税について、同じ会社で長く働くほど税負担が軽減されるという現行制度が、労働市場の流動性を妨げる面があり、また現在の働き方とそぐわなくなってきているからだ。同制度は、一つの会社で退職まで働く終身雇用を前提としているように見える。

現行制度は、退職金支給額から退職所得控除額を引いた額の2分の1に所得税が課される仕組みとなっている。その控除額は、勤続20年までは1年につき40万円、20年を超えると1年につき70万円増える。例えば、勤続30年で2,000万円の退職金を受け取る場合には、控除額は1,500万円となるが、退職金からこれを引いた500万円の半額、つまり250万円に税率をかけたものが所得税の納税額となる。

この退職金課税を巡っては、昨年6月に政府税調が見直しを提言した。しかし、同制度を見直すと、同じ企業で長く働いた会社員の税負担を増やす「サラリーマン増税」になる、との批判がSNS上で一気に高まった。そこで当時の岸田政権は見直しを断念した、という経緯がある。

しかし政府税調が15日に開いた専門家会合では、「若い人の選択が変わりつつあり、(働き方に)中立な税制を検討すべき」との意見が出され、今年の与党税制調査会でも、来年度税制改正論議でこの退職金課税を取り上げることが決まった。

財務省によると、勤続20年を境に控除額が変わる現行の仕組みは、平成元年から30年以上変わっていないという。もはや時代遅れの制度となっている点は否めない。

国民民主党は見直しに反対か

ただし、今年の与党の税制改正論議は、衆院選挙で躍進し、キャスティングボートを握る国民民主党の意見を取り入れる必要がある。国民民主党は、名目賃金が2%の物価上昇率+2%の4%となるまでは、すべての増税、社会保険料引き上げ、給付削減を受け入れず、「手取りの増加」を優先する姿勢である。その結果、税制改革論議の焦点の一つである防衛増税の実施時期の決定とともに、この退職金税制の見直しの議論も、再度先送りとなる可能性が高まっているだろう。

移行措置を講じつつ制度を廃止することが適切か

しかし、同制度が時代遅れであること、また、政府が目指す、前向きの転職による労働市場の流動化に逆行するものであることは明らかだ。

企業が従業員の離職を防ぐために、長く働くほど退職金の支払い額が累積的に増えるような制度を導入するのは自由であるが、政府が税制を通じて長期雇用を促すインセンティブを雇用者に与えるのは適切ではないだろう。

退職時に受け取る手取り額が大きく減少して、退職後の生活設計が狂うことがないよう、退職金税制を一気に廃止することは適切でないだろう。しかし、移行措置を講じつつ、段階的に廃止していくことは必要なのではないか。今年の議論は見送りとなっても、来年以降は議論が進んでいくことを期待したい。

(参考資料)
「退職金税制の見直し、再び議論 昨年は具体化見送り 政府・与党」、2024年11月24日、時事通信
「退職金課税議論が再始動 勤続20年に優遇 転職増で見直し 与党・政府税調」、2024年11月16日、産経新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。