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中国からの輸入品に10%、カナダ、メキシコには25%の一律追加関税

トランプ次期米大統領は11月25日に、自らのSNSで、中国からのほぼすべての輸入品に10%、カナダやメキシコについては25%の追加関税を課す考えを明らかにした。来年1月20日の大統領就任初日に追加関税を課すための大統領令に署名すると宣言した。選挙公約で掲げた一律追加関税の実施が単なる脅しであるとの期待を打ち砕き、それが本気であることを裏付けるものとなった。

トランプ氏は、中国からメキシコなどを経由し、合成麻薬「フェンタニル」が米国に流入していることへの対抗措置、と位置づけた。しかしこの説明は、こじつけだろう。

トランプ氏は、米国の貿易赤字の削減を強く目指している。2023年の輸入額(財)の国別比率を見ると、メキシコが14.7%で第1位、中国が13.1%で第2位、カナダが12.7%で第3位である。米国の輸入額でトップ3の国にまずは追加関税を課して、貿易赤字の削減を図る考えだろう。

米国は、メキシコとカナダの間に、北米自由貿易協定(NAFTA)の後継である米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を締結している。しかし、メキシコ・カナダを通じて他国、特に中国製の部品を使った自動車などの完成品が米国に関税なしで流入することに、トランプ氏は強い不満を持っていた。メキシコ経由の自動車の輸入に100%の関税を課すと主張していた時もあったが、最終的には両国からのすべての輸入品に一律25%の追加関税を課す考えに至ったようだ。

このように、自由貿易協定を結ぶ友好国に対しても追加関税を課す考えを示したことは、貿易赤字の削減に向けたトランプ氏の強い覚悟を表している。

中国からの輸入品については、通商法301条に従って、不公正貿易を理由に追加関税を適用することも可能であったが、メキシコ、カナダについては不公正貿易を理由にすることは難しいことから、「フェンタニル」の流入を追加関税導入の共通の理由としたのではないか。

3か国の一律追加関税で米国の平均関税率は8.2%上昇

従来トランプ氏は、中国からの輸入品に60%超の一律追加関税、その他の国からの輸入品には10%~20%の一律追加関税を課すとしていた。それぞれ60%、10%の追加関税が導入される場合、米国の輸入品の関税率は16.6%上昇し、20%前後に達する計算だった。一方、今回示された中国からの輸入品に一律10%、カナダ、メキシコからの輸入品に一律25%の追加関税が課される場合、平均関税率は8.2%上昇する計算だ。これだけで、当初案の半分程度上昇することになる。中国からの輸入品への関税率は10%に抑えられたが、今後追加の関税引き上げ策が打ち出されれば、全体では当初案の関税規模に近づいていくことも考えられる。

ドイツ、日本、韓国なども次のターゲットになるか

今回の措置は、2023年の輸入額全体の上位3か国をターゲットにしたものと考えられるが、次の潜在的なターゲットとしては、第4位のドイツ、第5位の日本、第6位の韓国などが考えられる。

また、米国の貿易赤字の規模を基準にする場合、第1位の中国、第2位のメキシコ、第7位のカナダ以外に、第3位のベトナム、第4位のドイツ、第5位の日本、第6位のアイルランド、などがターゲットとなる可能性が考えられる。

いずれにせよ、今回打ち出された施策で、トランプ政権が打ち出す一律追加関税策が終わりである可能性はかなり低く、追加的な措置が早晩打ち出されると見るべきだ。

トランプ氏が打ち出す減税策、規制緩和策などは議会の承認が必要であることから、実施までに時間がかかる。トランプ氏は自身の権限で実施できる、追加関税や移民規制強化を先行して実施することが予想される。

「トランプ・トレード」は変調か

今回のトランプ氏の追加関税案の発表を受けて、東京市場では円高、株安が進んだ。トランプ氏が公約で掲げた一律追加関税の実施が、単なる脅しでないことが明らかになり、日本と経済関係が密接な中国が対象になったことや、米国の友好国であるカナダ、メキシコも対象となったことで、いずれ日本からの対米輸出にも一律追加関税が課されることへの警戒感が強まった。それが、日本の貿易、経済に及ぼす悪影響が警戒され、リスク回避の円高が生じているのである。

当初、トランプ氏の掲げる追加関税はドル高を生み、また減税や規制緩和は米国経済に追い風になるとの見方から、トランプ氏の勝利を受けて米国市場ではドル高、株高が進んだ。

しかし、金融市場は追加関税がもたらす経済への悪影響を次第に警戒し始めている。その結果、米国市場で長期金利上昇、ドル高、株高で特徴づけられてきた「トランプ・トレード」は、変調を見せ始めているのではないか。日本市場でも、円高、株安のリスクをより警戒すべきかもしれない。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。