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一律追加関税と不法移民送還の大統領令

トランプ氏は以前に、大統領に再選された場合、「就任初日のみは独裁者になる」との主旨の発言を行ったことがある。これは、大統領の権限のみで政策を執行できる大統領令を初日に多数発行する考えを意味している、と考えられる。

トランプ氏は2017年の前回の大統領就任直後に、医療保険制度改革法(オバマケア)の見直し、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱、などの大統領令などを連発した。就任から1週間のうちに6本もの大統領令を発した。

バイデン現大統領も、就任直後に温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」に復帰する大統領令などに署名している。

トランプ氏が来年1月20日の大統領就任初日に、大統領令を通じて実施することが予想される政策は、第1に追加関税だ。

トランプ氏は11月25日に、大統領就任初日に、大統領令によってメキシコ、カナダからの輸入品に25%、中国からの輸入品に10%の関税を課すと発言した。不法移民並びに「犯罪と薬物」が国境を越えて流入することに対する報復措置、と説明している。

第2が、不法移民の送還である。トランプ氏は、就任と同時に「米国史上最大の強制送還プログラム」を実施すると主張してきた。トランプ氏は、国土安全保障省などの機関に不法移民の送還を命じる大統領令を準備しているとされる。

トランプ氏は、難民申請者に米国の移民裁判所での審理が終わるまでメキシコにとどまることを義務付ける、「メキシコ残留」政策を就任初日に再導入する方針である。また、米・メキシコ国境沿いの壁の建設を再開する考えも示している。

さらにトランプ氏は、米国に不法入国した者の子どもへの出生地主義に基づく米国の市民権付与について、これを廃止する大統領令を就任初日に出す考えも示している。

脱炭素政策の転換も

第3が、脱炭素政策の転換だ。トランプ氏は、国連気候変動枠組み条約の目的達成に向けた国際合意「パリ協定」から米国を再び離脱させる大統領令に署名する、と表明している。トランプ氏に近い複数の関係者は、就任初日には署名の準備が整っているだろうと述べている。それ以外にもトランプ氏は、「初日に電気自動車(EV)の義務化を終わらせる」と発言している。

第4が特別検察官の解任だ。トランプ氏は、2020年大統領選の結果を覆そうとしたとして首都ワシントンで起訴された件を巡り、この事件を管轄するジャック・スミス特別検察官を即座に解任する予定だと述べている。

スミス氏はこの件で、トランプ氏に対する連邦刑事裁判を凍結することについて司法省と協議を始めた。他方でスミス氏は、機密文書の違法な持ち出しや、それをフロリダ州の自宅から回収しようとした当局への妨害行為でトランプ氏を起訴した件については、凍結を検討していないという。

トランプ氏はさらに、2021年1月6日の連邦議会襲撃事件に関連して起訴された1000人の多くを、就任後直ちに恩赦すると断言している。

第5が政府機関での政治任用者の拡大だ。トランプ氏の公約集「アジェンダ47」は、悪徳官僚やキャリア政治家を解雇するために、「初日に2020年の大統領令を再発行する」と掲げている。2020年の大統領令とは、政治任用者は約4000人から10倍以上の最大5万人まで増やすものだった。

トランプ氏は、大統領の権限を最大限に活用し、議会や官僚に妨げられずに迅速に各種政策を執行する手段について策をめぐらせている。

(参考資料)
"What Trump Can—and Can't—Do on Day One(トランプ政権初日に「できること、できないこと」)", Wall Street Journal, November 12, 2024
「トランプ氏、「就任初日は独裁者になる」 頭にある5つのテーマ」、2024年12月2日、日経ビジネス

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。