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1.日銀短観(12月調査)の評価

個人消費関連の弱さが目立つ

日本銀行は12月13日、日銀短観(12月調査)を公表した。全体的には概ね想定通りの結果だったと言えるだろう。

大企業製造業の景況判断DI(最近)は、前回比1ポイントの改善と、2四半期ぶりの改善となった。事前予想の平均が横ばい程度であったことから、事前予想よりも若干上振れたと言える。価格転嫁の浸透などを受けて、石油・石炭製品など素材関連の景況感が改善した。ただし先行きの景況判断DIは1ポイントの低下となっている。製造業の景況感はおおむね横ばい状況が続いており、足もとで目立った変化は見られない。

他方、大企業非製造業の景況判断DI(最近)は、前回比1ポイントの低下となり、また、先行きの景況判断DIは5ポイントの大幅低下となった。景況判断DI(最近)で特に悪化が目立ったのは、小売りの前回比-15ポイント、宿泊・飲食サービスの前回比-12ポイントだ。米価高騰や円安による物価高の影響で、国内個人消費が引き続き弱いことに加え、好調なインバウンド需要についても、その増勢が幾分鈍化してきたことが影響していると考えられる。

2024年度の設備投資計画(含む土地投資、全規模全産業)は、前回比0.8%とわずかに上方修正され、前年度比+9.7%となった。設備投資はなお安定を維持しているが、過去の12月調査の修正パターンと概ね一致しており、設備投資のモメンタムが足元で強まっている傾向はみられない。またGDP統計でみる設備投資は、これよりも弱めだ。

輸出頼みの日本経済に来年はトランプ関税のリスク

大企業製造業の2024年度売上高計画を見ると、国内が前回比0.2%の下方修正、輸出は0.3%の上方修正となっており、日本経済は、内需が総じて力強さを欠く中で、堅調な米国経済に支えられた輸出頼みの状況となっている。

ただし、その頼みの綱である輸出環境についても、先行きは、トランプ次期政権の追加関税策などによって一気に悪化するリスクもあり、日本経済の置かれた環境は引き続き脆弱だ。

さらに、雇用人員判断DI(全規模全産業)は、現状DIで前回比横ばいとなったが、先行きDIは5ポイントの大幅低下、つまり人手不足が一段と強まる見通しとなっており、引き続き、人手不足が日本経済の成長の大きな制約要因となっている。

物価見通しは改善へ

製造業の販売価格判断DI(最近)、仕入れ価格判断DI(最近)は、それぞれ1ポイント、2ポイントの低下となった。先行きについてもそれぞれ1ポイント、2ポイントの低下である。夏場以降、円安の流れに一巡感が見られていることも影響し、価格上昇圧力が後退してきていることを示している。

また、企業の物価見通しで、1年後、3年後、5年後の物価見通しは前回から修正されなかった。それぞれの数値は2.4%、2.3%、2.2%である。過去数年の上方修正の動きは一巡してきたようにも見える。この先、物価見通しが下方修正されるかに注目しておきたいが、為替市場で円安の修正が進めば、下方修正の動きがみられるようになるのではないか。

2.日本銀行の政策展望

政策金利は十分に低いため概ね一定のペースで利上げを進める局面

今回の日本銀行の短観(12月調査)では、個人消費関連の弱さが再確認される一方、価格上昇圧力には低下傾向がみられることから、総じて日本銀行の追加利上げを後押しするものではないと考えられる。ただし、全体として想定内の結果であったこともあり、それが、来週18・19日に開かれる金融政策決定会合での日本銀行の政策決定に直接与える影響は大きくないだろう。

2%の物価目標の持続的な達成が可能かどうかに関わらず、日本銀行は現在の政策金利は十分に低いと考えており、そのため、経済・物価、金融市場、政治環境に大きな変化がない限りは、比較的一定ペースで政策金利を引き上げて行く、というのが日本銀行の金融政策の基本的な姿勢だろう。

今年3月のマイナス金利政策解除、7月の政策金利引き上げの間隔を踏まえれば、今年12月あるいは来年1月の決定会合で0.25%の追加利上げを行うことはほぼ既定路線だろう。そのため、短観での調査結果が、12月18・19日の政策決定に大きな影響を与えるものではないと考える。

為替と国内政治情勢の2つの要因が追加利上げのタイミングに微妙な影響を与える

追加利上げが1会合早まる、あるいは遅くなるなどといったタイミングに微妙な影響を与えるのは、為替と国内政治情勢の2つの要因だ。円安が進む局面では、利上げのタイミングは前倒しとなり、円高では逆に後ずれしやすい。日本銀行は、円安は日本銀行の物価見通しの上振れリスクを高め、円高は日本銀行の物価見通しの下振れリスクを高めるため、と説明するが、実際には、為替の安定が金融政策の目標に事実上組み込まれているため、と言えるのではないか。

他方、政府や世論が日本銀行の利上げに批判的である局面では、日本銀行の利上げはやや後ずれしやすい。10月に発足した石破政権が、当初、日本銀行の利上げを牽制していた際は、そのような状況だっただろう。

今は、石破政権からの牽制はなくなったが、キャスティングボートを握る国民民主党が来年春闘前の日本銀行の利上げに明確に反対していることは、石破政権への政策姿勢への影響も含めて、12月の利上げに一定程度制約となる可能性があるだろう。

ドル円レートは11月に1ドル156円台まで円安が進んだ際には、日本銀行の追加利上げを促す要因であったと考えるが、その後12月に入って1ドル149円台まで円高に振れ、足もとでは1ドル152円台で推移している。こうした為替の変動は、12月の利上げに対して概ね中立的なのではないか。

トランプ次期政権の経済政策はいずれ日本銀行の金融政策に大きな影響も

他方、植田総裁はトランプ次期政権の経済政策を非常に注目しており、 トランプ前大統領の返り咲きによって「米国の経済政策の先行きがどうなるか、大きなクエスチョンマークがある」とも述べている。

ただし、トランプ政権の経済政策を見極めるにはなお時間を要することから、次の追加利上げの判断には、この要因は大きく影響しないのではないか。それが米国、日本、及び世界経済に大きな打撃を与える蓋然性が高まり、米国の利下げ観測が強まる中、為替市場でドル安円高傾向が強まれば、日本銀行は次回の利上げをもって利上げを一時停止させる可能性が出てくる。

利上げペースは鈍化していく

仮にそのようなことが生じなくても、日本銀行は次回0.5%への利上げを実施して以降は、追加利上げにより慎重になることが予想される。その結果、利上げのペースは鈍化していくと見る。

現状では日本銀行は、政策金利は十分に低く、経済に悪影響を与えることがないとの自信を持っており、それゆえ粛々と利上げを進めているが、政策金利が上昇していき、経済に対して中立的な水準に近づいたと考えると、今度は経済指標などをより慎重に見極めて、経済・物価に悪影響が及ばないように配慮し始めるはずだ。政策金利の中立水準は明確には分からないことから、手探りの政策姿勢になるのである。政策金利を0.5%から来年半ば頃に0.75%に引き上げる時から、そうした実証的アプローチへと政策姿勢の転換が生じるものと考える。

筆者は政策金利の中立水準は1%弱であり、政策金利の引き上げは0.75%までとメインシナリオでは想定しているが、1.0%までの利上げの可能性もあり得ると考えている。その場合、1%への利上げは2026年までずれ込む可能性もあるだろう。

金融市場は1月利上げの見方を強める流れに

金融市場は一時、12月の決定会合での利上げの可能性を高く織り込んでいたが、日本銀行が利上げを急がないとの報道があったことなどを受けて、足もとでは利上げは12月ではなく来年1月との見方がやや優勢となってきている。

ただし現状では、そうした報道の真偽や市場の見方の修正の根拠は明らかではない。また、今年3月、7月の政策金利引き上げは、金融市場の期待に対して幾分先んじて実施されてきたことなどを踏まえ、12月に利上げが実施される可能性は、1月の利上げの可能性よりもわずかに高いと現状では見ておきたい。

しかしいずれにせよ、12月と1月の利上げ確率の差はわずかだろう。12月18・19日の金融政策決定会合直前までの情勢を見て、年内の利上げの有無について最終判断をしたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。