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103万円の壁を巡る与党と国民民主党との協議は決裂

一般会計の総額がおよそ13兆9,000億円となる今年度の補正予算案について、17日の参議院本会議で採決が行われ、自民・公明両党と日本維新の会、国民民主党の賛成多数で可決された。

キャスティングボートを握る国民民主党が、衆院に続いて参院でも補正予算案に賛成したのは、11日に自民、公明、国民民主の3党の幹事長が協議し103万円の壁を巡る対応で、基礎控除額などを、「178万円を目指して来年から引き上げる」ことで合意したためだ。国民民主党は、基礎控除額などを現行の103万円から178万円へと引き上げることを主張している。

しかし13日の税調会長による協議で、自公は123万円までの引き上げを提案し、国民民主はこれを拒否していた。さらに、3党の税制調査会長は17日に、「年収103万円の壁」をめぐり国会内で再び協議した。国民民主の古川元久税調会長らは自公から新たな提案がなかったとして10分ほどで退出したという。古川氏は記者団に「協議は打ち切りだ」と述べた。協議は決裂したのである。

協議の場が税調会長間から幹事長間に再び移る可能性も

「年収103万円の壁」見直しをめぐる協議では、自公と国民民主の主張は並行線を辿っている。自公も「年収103万円の壁」見直し自体には賛成であるが、国民民主が求める基礎控除額などの178万円への引き上げを実施する場合には、7兆円から8兆円の巨額の税収減となってしまうことから、引き上げ幅の圧縮を提案してきた。

国民民主党は、1995年以降30年間の最低賃金の引き上げ率を根拠に、基礎控除額などの178万円への引き上げを主張する。

他方、与党側はこの間の物価の変化率を根拠とすることを提案している。消費者物価全体で計算すれば、この間の上昇率は10%程度であるが、低所得者の生活に大きく影響する食料や家賃、光熱費など生活に身近な物価で計算すれば20%程度の上昇になるとして、基礎控除額などを123万円に引き上げることを提案した。しかしその提案を、国民民主党は拒否したのである。

3党間の協議は税制調査会長らによって進められていたが、議論が平行線を続ける中、与党は税の議論を通じた決着から政治的決着に動き、11日には3党の幹事長らによる「178万円を目指して来年から引き上げる」という合意に達した。

しかしその後、「年収103万円の壁」見直しをめぐる協議は再び税制調査会長らによるものへと戻るなか、協議は行き詰り、決裂してしまったのである。これを受けて、協議の場が、税調会長間から幹事長間に再び移る可能性も考えられる。

20日にも与党税制改革大綱を決定

2025年度の税制改正の方針をまとめた税制改革大綱を、与党は20日にもまとめる方向だ。しかし、国民民主党の協議が決裂した状況では、「年収103万円の壁」を見直す税制改正の方針も、暫定的なものとならざるを得ない。

与党が国民民主党に示した基礎控除額などを123万円に引き上げる案を示すか、あるいはもう少し国民民主党の主張に近づけ、引き上げ幅を拡大した案を示すか、検討していくだろう。

他方、「年収103万円の壁」には、年収が103万円を超えると所得税の支払いが生じるという壁以外に、大学生年代(19~22歳)の年収が103万円を超えると、その子を扶養する親の税負担を軽減する特定扶養控除がなくなり、親の負担が増えるという壁の問題もある。この点については、自公と国民民主党は、年収制限を150万円程度まで引き上げることでおおむね合意しており、それに沿った改革案が与党の税制改正大綱に盛り込まれることが予想される。

それ以外に、今回の与党税制改正大綱には、防衛増税も含まれる。防衛費増額とその財源の一部である防衛増税を政府が決めた際には、法人税とたばこ税を2026年4月に、所得税を2027年1月にそれぞれ引き上げる案を示していた。それによって、2027年度には1.1兆円程度の財源を確保する計算だった。

その後、自民党内での慎重意見から防衛増税の決定は先送りされてきたが、石破首相は、今年年末で決着させる方針を示した。所得税の引き上げは、所得税に新たに付加税を1%課す一方、復興特別所得税の税率を1%下げて、その課税期間を延ばす方針だ。その結果、家計の負担が当面増えるわけではない。

しかしながら、国民民主党との間では「103万円の壁」見直しで所得減税を議論しながら、他方で防衛増税の一環で所得増税を同時に実施するのは国民の理解を得にくいとの判断から、公明党が主導する形で与党は防衛増税の一環での所得増税を今回の与党税制改正大綱に盛り込むことをやめ、所得税分の増税開始時期は2025年に再び議論する方針を決めたのである。復興特別所得税の税率下げも見送りとなった。

今度は来年度予算が交渉材料に

「年収103万円の壁」見直しをめぐる協議が決裂したことで、国民民主党は、このままでは「2025年度の税制改正関連法案や政府予算案に賛成できない」としている。補正予算に代わって、今度は来年度予算を人質にとり、与党に「年収103万円の壁」見直しの国民民主党案を受け入れさせる考えだろう。

こうした情勢が年明けまで続き、来年度予算の成立が遅れれば、予算執行への支障から、経済活動にも悪影響が及ぶとの不安が金融市場や国民の間に広がる可能性があるだろう。仮にそうした事態になれば、日本銀行が追加利上げを見送らざるを得なくなることも考えられるところだ。

(参考資料)
「国民民主、「103万円の壁」上げ協議「打ち切り」 首相は継続意欲」、2024年12月18日、日本経済新聞
「3党税調幹部:「年収の壁」国民協議退出 自公は継続求める 3党税調幹部」、2024年12月18日、毎日新聞
「防衛費 安定財源に懸念、所得増税時期 決定先送り 法人・たばこは26年4月 自公合意」、2024年12月14日、日本経済新聞
「学生年収の壁 150万円で調整 特定扶養控除、国民案のむ」、2024年12月13日、産経新聞

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。