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1.日本銀行は追加利上げを来年1月に先送り

日本銀行が12月利上げを見送った3つの理由

日本銀行は12月18・19日の金融政策決定会合で、政策金利の引き上げを見送った。金融市場では、次回1月23・24日の金融政策決定会合、あるいはそれ以降に0.25%の追加利上げが実施されるとの見方が有力であったことから、今回の決定には意外感はなかった。

植田総裁は前回10月の金融政策決定会合後の記者会見で、直ぐに追加利上げを行わないことを示唆するメッセージとして用いていた「時間的余裕はある」との表現を今後は使わないと明言した。この時点では、日本銀行は早期の追加利上げに前向きとの見方が金融市場に一気に広がり、12月の追加利上げが一時は金融市場のメインシナリオとなっていた。ところがその後、日本銀行はメディアを用いて、12月の追加利上げ観測の沈静化を図ったようにも見受けられた。

経済・物価情勢に大きな変化がない中、日本銀行が当初は検討したかもしれない12月の追加利上げの見送りを決めた主な理由としては、3点考えられる。第1は、トランプ次期米政権の経済政策とそれが経済、金融市場に与える影響をしばらく見極めるためだ。トランプ次期大統領は11月25日に、中国、メキシコ、カナダからの輸入品に一律追加関税を課す方針を示した。就任前からトランプ関税策を始めたのである。

植田総裁はトランプ次期政権の経済政策を非常に注目しており、トランプ前大統領の返り咲きによって「米国の経済政策の先行きがどうなるか、大きなクエスチョンマークがある」とも述べている。

第2は、国内政治情勢である。先般の衆院選で躍進し、キャスティングボートを握る国民民主党は、日本銀行は来年の春闘を見極めるまで、追加利上げを実施すべきではないと主張している。日本銀行もそうした野党の意見に一定程度配慮している可能性がある。また、国民民主党が来年度予算の成立に協力しないことで、予算成立がずれ込み、経済への影響についての不安が広がる可能性も年明け後には出てくる可能性がある。

第3は、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げとの日本銀行の利上げとが重なることで、国際資金フロー、為替市場を動揺させてしまうリスクを日本銀行が回避しようとしたことが考えられる。FRBは米国時間の18日に3会合連続となる0.25%の利下げを決めた。仮に日本銀行が19日に追加利上げを決めていれば、8時間程度の間に日米の政策金利が逆に動くことになる。

今年8月の歴史的な日本株の下落の背景には、日米政策金利が逆方向に動くとの観測でドル円レートが急速に円高に振れたことがあった。こうしたリスクの再燃を日本銀行は警戒しているだろう。さらに、トランプ次期政権の追加関税策を巡って、足もとの金融市場はやや不安定となっていた。

追加利上げは現時点では1月の見通し

日本銀行は、来年1月23・24日の金融政策決定会合で0.25%の追加利上げを実施すると見ておきたい。来年3月あるいはそれ以降まで日本銀行は利上げを先送りするとの見方も出ているが、その場合には、円安進行を許してしまう。

本日の総裁記者会見でも、植田総裁は早期の利上げの可能性を示唆するのではないか。そうしなければ、日本銀行の利上げ先送り観測で進んだ円安傾向がさらに加速してしまう可能性があるからだ。

以上の12月に追加利上げを見送った3つ理由のうち、もはや1月の追加利上げの制約とならないのは第3の理由だ。第1の理由については、1月20日の大統領就任日に、トランプ次期米大統領はいくつかの大統領令を打ち出すとみられるが、それでも追加関税策を中心とするトランプ次期政権の経済政策全体を見極めるまでには、なお相応の時間がかかる。

しかし、見極めが終わるまで日本銀行が追加利上げを実施しないというのは現実的ではないだろう。とりあえず、大統領就任直後の経済政策を踏まえて、1月に追加利上げの是非を検討することが予想される。

また、円安のリスクに配慮すれば、国民民主党の意見を取り入れて、3月の春闘の結果が明らかになる2025年3月18・19日の金融政策決定会合まで、追加利上げを見送り続ける可能性は小さいだろう。

ただし、国民民主党が来年度予算の成立に協力しないことで、来年度予算の成立が遅れ、経済への影響についての不安が大きく広がる場合には、日本銀行が来年3月あるいはそれ以上追加利上げを先送りする可能性がないわけではない。しかしその可能性は低いと現時点では考えておきたい。

日本銀行は概ね一定間隔で追加利上げを実施

日本銀行は現在の政策金利は十分に低いと考えており、そのため、経済・物価、金融市場、政治環境に大きな変化がない限り、つまりオントラックである限りは、比較的一定の間隔で政策金利を引き上げて行く、というのが現時点での金融政策の基本姿勢だろう。

日本銀行が、今年3月にマイナス金利政策を解除した後、7月に政策金利引き上げを実施したことを踏まえると、来年1月に追加利上げが実施されれば、従来の利上げのペースは概ね維持されていると言えるだろう。

現状では、政策金利は十分に低く、経済に悪影響を与えることがないとの自信を日本銀行は持っており、それゆえ粛々と利上げを進めてきたと考えられる。

しかし政策金利が上昇していき、経済に対して中立的な水準に近づいたと考えれば、今度は経済指標などをより慎重に見極めて、経済・物価に悪影響が及ばないように配慮し始めるはずだ。政策金利の中立水準は明確には分からないことから、手探りの政策姿勢となるのである。

ただしそれが始まる時期は、政策金利を0.25%から0.5%に引き上げる次の利上げではなく、0.75%に引き上げる時ではないか。日本銀行が来年1月に追加利上げを行う場合、その次の利上げまでの間隔は長くなり、0.75%への利上げは来年9月の会合になると見ておきたい。

筆者は政策金利の中立水準は1%弱であり、政策金利の引き上げは0.75%までとメインシナリオでは想定しているが、1.0%までの利上げの可能性まではあり得ると考えている。その場合、1%への利上げは2026年6月になると見ておきたい。

ただし、トランプ次期政権の追加関税、移民規制、行財政改革が米国経済の減速を促し、FRBの利下げ観測が強まり、円高が急速に進むような局面となれば、日本銀行は追加利上げ策を一時停止するだろう。その停止期間が1年以上に及ぶことも考えられるところだ。

2.多角的レビューは非伝統的金融政策の効果と副作用の両論併記に

効果と副作用のバランスに配慮し両論併記的な内容に

日本銀行は12月18・19日の金融政策決定会合後に、予告をしていた通りに「金融政策の多角的レビュー」を公表した。これは、過去25年間にわたる非伝統的金融政策の効果と副作用の分析、評価を行い、それを将来の政策運営に役立てることを狙ったものだ。昨年4月以降続けてきた多角的レビューの一連の作業を取りまとめたものであり、レポートは200頁を超える大作となっている。

2008年のリーマンショック以降、多くの国が資産買い入れやマイナス金利政策、あるいは長期金利コントロールなどの非伝統的金融政策を導入したが、その効果や副作用などを明確に総括した中央銀行はまだないように思う。その中で、日本銀行が非伝統的金融政策の効果と副作用の分析、評価に先駆的に取り組んだことは評価したい。

また、過去の非伝統的金融政策の効果のみをアピールし、日本銀行の政策を正当化するような自画自賛的な内容になる可能性もあると筆者は事前に考えていたが、実際には、副作用についての分析や言及もなされており、効果と副作用の双方に配慮したバランスの取れたレポートとなっている。

ただしそれでも、副作用よりも効果の分析により比重が置かれている感がある。副作用の分析については、十分になされていないとの印象もある。もっと踏み込んだ実証分析を、副作用についても行うべきでなかったか。

さらに、効果と副作用の双方を比較考量したうえで、過去の非伝統的な金融政策が適切であったのかそれとも適切でなかったのかという明確な判断にまでは踏み込んでいない。その意味で、効果と副作用の両論併記にとどまった感は否めないのではないか。

また、非伝統的な金融政策について一定の効果があったとの評価が示されたが、それよりも、当初期待されたほどの効果が発揮されなかった理由をしっかり分析して欲しかった。

将来の非伝統的金融政策の再導入に備える狙い

レポートの本論部分は、「1.過去25年間のわが国の経済・物価・金融情勢と金融政策運営」と「2.先行きの金融政策運営への含意」の2段構成となっている。過去の検証のみならず、それを今後の政策に活かすという考えがこの構成に明確に示されており、その点は評価できる。分析を将来の政策運営に役立てる、というのは、植田総裁の考えを強く反映しているのではないかと推察される。

今年3月のマイナス金利政策解除時には、主な政策手段を短期金利の操作、すなわち伝統的政策手段に戻す、と日本銀行は宣言した。これは、非伝統的金融政策から一気に決別をはかるものだ。

こうした決定の背景には、今回のレビューでは明確には示されなかったが、非伝統的金融政策の効果は明確でない一方、副作用は大きく、環境が許せば、できるだけ早期に非伝統的金融政策から決別したい、という植田総裁の考えが反映されていた可能性があるように思われる。

しかしながら、現在の物価、賃金の上振れは輸入物価上昇によるところが大きく、必ずしも持続的なものではないと考えられる。この先、海外経済の環境変化などが生じれば、日本銀行は再び金融緩和を実施することが求められる可能性があるだろう。ただし、短期金利の引き下げ幅はなお限られることから、その場合には、非伝統的金融政策を再び導入することを日本銀行は余儀なくされるだろう。

そうした場合でも、様々な非伝統的金融政策手段を、効果と副作用の精緻な分析を行うことなく乱発する、といった以前のやり方に戻ることは適切ではないとの認識が、植田総裁を中心に日本銀行の内部には強いのではないか。そこで、非伝統的金融政策手段の再導入が将来必要になる場合に備えて、今の時点で、具体的にどの手段を採用し、どのように運営していけば、不確実ながらも一定の効果が期待できる一方、できるかぎり副作用を抑制できるかについて、分析を進めておく必要がある。この点が、多角的レビューの最大の目的なのではないか。

おそらく日本銀行は、マイナス金利政策、イールドカーブ・コントロール(YCC)、ETFなどの買い入れを再び導入する可能性は低いだろう。仮に実施するのであれば、今年7月に開始した国債買いれの減額と保有残高削減、つまり量的引き締め(QT)を停止し、国債買い入れを再び増やすことを日本銀行は選択するのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。