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与党税制改正大綱は「123万円」への引き上げ案を明記

12月20日に与党は、来年度税制改正大綱をまとめた。ただし、先般の衆院選で与党は衆院で過半数の議席を失い少数与党となったことから、与党の税制改正大綱の内容が、従来のように、そのまま税制改正として実現する訳ではない。今回の大綱で最も注目されたのは、「103万円の壁」への対応としての所得減税策だ。

12月11日には、今年度補正予算の採決を前に、自民・公明と国民民主党は、「103万円の壁」について、国民民主党の主張する「178万円を目指して、来年から引き上げる」ということを、幹事長間で合意した。それを踏まえて、国民民主党は補正予算に賛成したのである。

ところが、その後与党の税制調査会で示された案は、基礎控除などを178万円ではなく123万円へと20万円引き上げるものだった。与党としては、約束したのは「来年から引き上げる」という部分であり、来年に国民民主党の主張する178万円まで一気に引き上げる意向はなかったのである。これに強く反発した国民民主党の税制調査会長は、与党との協議を打ち切った。

税制改正大綱で注目されたのは、国民民主党に配慮して、与党が当初示した123万円の水準をさらに引き上げ、国民民主党に歩み寄る姿勢を見せるかどうかだった。最終的には、当初案の通りに基礎控除などを123万円に引き上げる案が明記された。これは国民民主党の主張に歩み寄らないとの与党の姿勢を示したように見えるが、他方で、「自由民主党・公明党としては、引き続き、真摯に協議を行っていく」と大綱に記している。

税制調査会長間での与党と国民民主党との協議は一度決裂したが、3党の幹事長間での対話は続けられており、20日には国会内で3党の幹事長会談が行われた。そして、年収103万円の壁の引き上げ幅について、引き続き協議していくことで合意した。

「123万円」引き上げ案での財源問題

基礎控除などの123万円までの引き上げ案について大綱は、「特段の財政確保を要しないものと整理する」としている。基礎控除などの123万円までの引き上げは、過去30年にわたる生活必需品を多く含む基礎的支出項目の消費者物価上昇に見合った必要な措置である一方、税収減の規模がそれほど大きくならないことから、特段に恒久財源を確保する必要がない、という意味と考えられる。

他方で、「仮に今後、これを超える恒久的な見直しが行われる場合の財政影響分については、歳入・歳出両面の取り組みにより、必要な安定財源を追加的に確保するための措置を講じるものとする」としている。123万円までの引き上げであれば、特段に恒久財源を確保する必要はないが、国民民主党が求めるそれ以上の水準への引き上げとなれば、恒久財源の確保が必要となる、つまりハードルは上がると主張しているのである。

これは、178万円までの引き上げを求める国民民主党を牽制し、仮にそれを主張する場合は、恒久財源の案を提示することを国民民主党に求める意図があるものと考えられる。

ちなみに、123万円までの引き上げによる税収減は1兆円未満、例えば5,000億円程度にとどまると推察されるが、この程度の規模に税収減を抑えることができるのは、地方税については基礎控除額を引き上げないためだ。所得税(国税)については、基礎控除額を10万円、給与所得控除額を10万円、合計で20万円引き上げるのに対して、地方税については、給与所得控除額を10万円引き上げるが、基礎控除額は引き上げない。

ただし、国民民主党は、所得税と地方税の双方について、同額の基礎控除額、給与所得控除額の引き上げを従来から求めており、この点でも、国民民主党は、123万円までの引き上げとする与党案を容易には受け入れないと考えられる。

巨額の税収減のマイナス面を上回るプラス面があるか

国民民主党が主張するように、基礎控除等を178万円まで一気に引き上げれば、7兆円~8兆円の巨額な税収減が国と地方に生じる。他方、8兆円の恒久的な所得減税を実施した場合、実質GDPの押し上げ効果は1年間で+0.4%程度と試算される(内閣府、短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)による)。また、成長率の押し上げ効果は、概ね1年程度で一巡する計算だ。

税収に大きな穴をつくる一方、景気浮揚効果としてはさほど大きくはない。税収減というデメリットに見合う経済的なメリットを得られる訳ではないと言えるのではないか。

所得減税はその3分の1程度しか個人消費の押し上げなどに回らず、多くは貯蓄増加に回ると考えられることから、景気浮揚効果は大きくない。その結果、税収増加効果も大きくならないのである。

8兆円の所得減税を行った場合、それ以前と比べて年間6兆円台の税収減がその後も残ってしまう計算だ。減税が景気を浮揚させ、税収を増加させることから財政は悪化しない、あるいはその財源を確保する必要がない、との主張は現実的ではないだろう。

この点から、単純に国民民主党案のように基礎控除等を178万円まで一気に引き上げる施策は適切ではないのではないか。

103万円の壁など税収の壁は、労働調整を通じて人手不足を深刻化し、また低所得者の所得増加を阻んでおり、それを見直すことは重要なことである。しかしこの2つの問題に対応するのであれば、基礎控除等を178万円まで一気に引き上げる必要は必ずしもないだろう。あるいは、基礎控除等を178万円まで引き上げる場合でも、それを低所得層に限るという選択肢もある。

現在、経済は比較的安定しており、需給ギャップもほぼゼロの状態だ。こうしたもとで、巨額の所得減税で景気浮揚を目指す必要性は乏しいはずだ。さらに、財政環境が非常に厳しいことを踏まえれば、減税は物価高の悪影響を大きく受ける低所得層に焦点を当てるものとすべきであり、高額所得者ほど減税規模が大きくなる基礎控除などの一律の大幅引き上げは、妥当ではないのではないか。

また巨額の税収減を国債発行で賄うことになれば、それは将来の国民の税金によって返済されることが前提となる。支援すべき低所得者も含めた幅広い国民の将来の負担を増加させてしまうのは、適切ではないだろう。

維新の会の授業料無償化の受け入れに動く可能性も

国民民主党は、与党が178万円までの基礎控除などの引き上げを受け入れない場合には、来年度予算の成立に協力しない姿勢を示している。他方、与党としては、103万円の壁対策には前向きだが、7兆円~8兆円の税収減となる国民民主党案をそのまま受け入れる考えはないと見られる。しかし他方で、来年度予算編成に混乱が生じ、年度内に予算が成立しないような事態は、経済活動への悪影響も踏まえてなんとしても回避したいところだろう。

そこで与党は、今年度補正予算案に賛成したもう一つの野党である日本維新の会の協力を得るよう、今後働きかける可能性がある。日本維新の会は、高校授業料と学校給食の無償化を来年度予算案に盛り込むように要求している。このうち高校無償化に必要な歳出規模は6,000億円程度とされる。

103万円の壁対策で国民民主党が主張する178万円までの基礎控除などの引き上げがもたらす7~8兆円の税収減と比べれば、日本維新の会が主張する高校授業料無償化受け入れに伴う歳出増加の方が、財政への悪影響は格段に小さくなる。

現時点では、103万円の壁対策を巡って与党は国民民主党との協議を続ける姿勢であるが、今後も両者間の議論が平行線を辿り決着のめどが立たない場合には、与党は日本維新の会への接近をより強めていく可能性があるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。