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デンマークの自治領グリーンランドの購入に強い意欲

トランプ次期大統領はかねてより、デンマークの自治領であるグリーンランドの購入とパナマ運河の米国への返還の重要性を主張してきた。トランプ氏は1月7日の記者会見で、双方の獲得に向けて軍事・経済力を行使しないと保証できるかと問われ、「それを約束するつもりはない」と明言した。軍事的行動の可能性を明確に否定しなかったのである。

さらに、北極圏の地政学的な要衝であるグリーンランドについて「国家安全保障の観点から必要だ」とし、「何かしなければならないかもしれない」とも述べた。デンマークのフレデリクセン首相は、グリーンランドは「売り物ではない」とトランプ氏に反発しており、グリーンランド自治政府のエーエデ首相も、米国の一部になることには関心がないと述べている。

グリーンランドの人口は5万7,000人ほどで、かつてはデンマークの植民地だったが、1953年に正式な領土の一部となった。2008年の住民投票で住民の75%が警察や裁判など数十の分野で独自の権限を拡大する「グリーンランド自治法」を支持した。これを受けて2009年には、デンマーク議会が承認した住民投票を通じてデンマークからの独立を宣言する権利を含む広範な自治権が付与された。

グリーンランドでは今年4月上旬までに自治政府議会選が予定されており、そこではデンマークからの独立が主要争点の一つとなっている。しかし、独立の是非を問う住民投票をしても、賛成派が勝つ可能性は低い。グリーンランド経済は漁業頼みであり、経済の約2割、政府予算の約5割をデンマーク政府の補助金に依存しているからである。

グリーンランドの軍事的、経済的重要性

近年の地球温暖化によって北極海の海氷が減少したことで、北極海を東西に結ぶ北極海航路は、既存の航路を代替する新航路に浮上してきている。スエズ運河を経由する南回り航路よりも短い上に、政治的に不安定な中東を通らないというメリットもある。北極海航路は、米国から欧州各国への最短ルートであり、グリーンランドはその中にある。

また、グリーンランドは米軍にとって戦略的に非常に重要であり、グリーンランド北西部のピツフィク空軍基地には、米軍が常駐している。また、米国は弾道ミサイルの早期警戒システムをグリーンランドに設置している。欧州から北米に至る弾道ミサイルの飛行ルートは、グリーンランド上空を通過するのが最短になるためだ。さらにグリーンランドやアイスランド、英国間の海域を監視するレーダーの設置も米国は検討している。それは、ロシア海軍の艦艇や原子力潜水艦には同海域が重要通航ルートになっているためである。グリーンランドには、大規模なアメリカの宇宙軍基地も存在する。トランプ氏は、「そこらじゅうにいる」中国やロシアの船舶を追跡する軍事的取り組みにおいて、グリーンランドは極めて重要な場所だとしている。

またグリーンランドは、バッテリーやハイテク機器の製造に欠かせないレアアース(希土類)の埋蔵量が世界有数の規模だ。石油や天然ガスの埋蔵量も豊富である。しかし石油と天然ガスの採掘は環境上の理由から禁止されている。米国がグリーンランドを領土にすれば、軍事的観点のみならず、経済的なメリットも大きいとトランプ氏は考えているだろう。

こうしたなか、トランプ氏の長男ジュニア氏は7日にグリーンランドを訪問した。同氏は「観光目的」と説明しているが、トランプ氏のグリーンランドの購入に向けたデモンストレーションの一環とも考えられる。トランプ氏はデンマークがグリーンランドの支配権を手放さなければ「デンマークに対して非常に高い関税を課す」と明言しており、大統領就任後は、働きかけを強めることが予想される。

パナマ運河の奪還も明言

トランプ氏は昨年の大統領選で再選を果たして以来、大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河を通航する米国の軍艦や民間船舶に対し、パナマが通航料を過剰請求していると非難し、パナマ運河の管理権を奪還する考えを繰り返し述べている。

パナマ運河は、米国が1900年代初頭に建設し、1977年まで運河地帯の管理権を維持していた。その後、カーター政権下での条約に基づいて、管理権は徐々にパナマに移されていった。米国は1999年に運河の管理を全面返還した。

トランプ氏は7日の記者会見で、「我が国にとって不可欠」なパナマ運河が、「中国に運営されている」と主張した。パナマのホセ・ラウル・ムリノ大統領は、パナマ運河に「中国はまったく干渉していない」と、トランプ氏の主張を否定している。トランプ氏の発言は、香港を拠点とするCKハチソン・ホールディングスが、運河の入り口にある二つの港を管理していることを指しているとみられる。

カナダを米国の51番目の州に

トランプ氏は、カナダに対しても領土獲得の野心を露わにしている。カナダの合併を試みるつもりがあるのか問われると、カナダに対しては軍事力ではなく経済力を行使する考えを述べた。さらに、米国とカナダの国境は「人為的に引かれた線」だとした。両国の境界線は、2国間で共有する世界最長のものであり、1700年代後半のアメリカ建国にさかのぼる条約で定められた。

トランプ氏は、カナダからの自動車や木材、乳製品の輸入の増加を批判している。さらに、6日にカナダのトルドー首相が辞意を表明したことを受けて、「カナダが米国と合併すれば関税は撤廃され、税金は大幅に引き下げられる」とし、「カナダの多くの人々は(米国の)51番目の州になることを非常に歓迎している」と投稿した。

今回の記者会見でトランプ氏は、米国によるカナダ併合が実現すれば「本当にすごいことになるだろう」と述べ、「(アメリカの)州であるべきだ」と改めて述べた。

米国自らが「力による一方的な現状変更」に動くか

このようにトランプ氏は、軍事力行使の選択肢も排除せずに、グリーンランドの購入とパナマ運河の返還を目指す考えを明らかにしている。また、軍事力の行使は否定しつつも、カナダの獲得にも意欲を示している。

今まで日本を含めて先進諸国は、ロシア、中国に対して、「力による一方的な現状変更を許さない」とのメッセージを揃って送り、国外での軍事的行動や「経済的威圧」を強く牽制してきた。

しかし、次期トランプ政権で米国自らが、軍事力行使や経済的威圧を通じて領土を獲得する野心を露わにするのであれば、米国と足並みを揃えて権威主義的な国々に対峙していくという従来の安全保障上の戦略は、大きな見直しが必至となるだろう。

(参考資料)
「トランプ次期米大統領、グリーンランドとパナマ運河の支配めぐり脅し強める 「カナダ合併」にも言及」、2025年1月8日、BBC NEWS JAPAN
「アングル:トランプ次期米大統領、グリーンランドの購入は可能か」、2025年1月8日、ロイター通信ニュース
「トランプ氏長男グリーンランドへ―「住民大切」と訴え、首相は反発」、2025年1月8日、共同通信ニュース
「トランプ氏、グリーンランド購入へ圧力 拒否なら高関税」、2025年1月8日、日本経済新聞電子版

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。