&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

従来予想よりもインフレ率鈍化への過程が長引く可能性

米連邦準備制度理事会(FRB)は1月8日に、昨年12月17~18日に開催された連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨を公表した。このFOMCでは、3回連続での利下げが決定されたが、記者会見でパウエル議長は、利下げ方向の見通しは変わらないとしながらも、政策金利をピークから合計で1%ポイント引き下げたことにより、「現在の政策スタンスは顕著に景気抑制の度合いが弱まった」と指摘し、今後は利下げペースを緩やかにする可能性を示唆していた。FOMC議事要旨はそれを裏付ける内容となった。

議事要旨では、「インフレ率は引き続き2%に向けて低下すると予想しているものの、足元の予想を上回る物価状況のほか、(トランプ次期政権による)貿易や移民政策の変更の可能性を踏まえると、従来予想よりも鈍化への過程が長引く可能性があることを参加者は指摘した」とした。「インフレ鈍化が一時的に停滞している、あるいは停滞するリスクがあるとの意見も出た」としている。

今年初回の利下げは5月で年内1回の利下げの見通しも

利下げしないことの「利点」を指摘する参加者もあり、12月のFOMCでの0.25%の利下げ決定は、「微妙なバランス」だったと議事要旨は記している(their judgements about this meeting’s appropriate policy action has been finely balanced)。

多くの参加者が、「様々な要素によって今後数四半期の金融政策の決定に対して慎重なアプローチの必要性が高まっている」との見方を示した。様々な要素としては、足元の物価指標の上振れや支出の継続的な強さ、労働市場と経済活動の見通しの下振れリスクの低下、インフレ見通しの上振れリスクの高まりが挙げられている。また、数人の参加者は9月と比べて政策金利は「中立にかなり近い」とみていたという。彼らは、利上げの必要性は低下していると考えているのだろう。

さらに、利下げペースを緩やかにすることが適切(it would be appropriate to slow the pace of policy easing)との見方が示された。利下げの局面は明らかに変わったのである。

12月のFOMCでは、2025年末のFF金利見通しの中央値は、前回9月時点の3.4%から3.9%へと0.5%ポイントの大幅上方修正となった。これは、2025年の利下げ回数の見通しが、0.25%幅の利下げで4回から2回へと半減したことを意味する。他方、2026年のFF金利見通しの中央値は0.5%の利下げ、2027年は0.3%の利下げとなった。

2025年の金融市場での利下げ見通しは、議事要旨も受けてより慎重なものとなっている。この議事要旨の発表後、金利先物市場では、FRBが今後数回の会合で政策金利を現行の4.25%~4.5%に据え置くとの見方が有力となった。さらに、今年最初の利下げは早くても5月であるとし、年内に2回の利下げが行われる確率は50%程度まで後退した。

トランプ政策が生むスタグフレーション的状況は必ずしもドル高要因ではない

こうした利下げ観測の後退は、米国長期金利の一段の上昇やドル高を生じさせている。ただし、トランプ次期政権の経済政策は、引き続きかなり不透明である。その影響を事前に見越して金融政策を決めることはできない。FRBもしばらくは、トランプ次期政権の経済政策の行方を慎重に見極めることになるだろう。

追加関税や移民規制強化が物価上昇率を押し上げることをFRBは警戒している。しかしそれらは、同時に景気を悪化させる要因でもある。その結果、米国経済がスタグフレーション的な様相を強めれば、FRBの金融政策は動きにくくなるが、そうした状況ではドルは一般的には安くなりやすいという点に注意が必要だ。

物価高リスクを警戒してFRBが利下げを躊躇うことで、景気の悪化がさらに進み、いずれは大幅な利下げを余儀なくされる、との観測が生じるためだ。そのため、トランプ次期政権の経済政策は米国長期金利の上昇、ドル高をもたらすもの、と決めつけるのはリスクが高いだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。