&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

第一期トランプ政権では通商法232条、通商法301条に基づき追加関税を実施

米CNNは、トランプ次期大統領が一律関税を法的に正当化するために、緊急事態宣言の発令を検討していると報じた。トランプ氏は、中国からの輸入品に一律60%超、その他の国からの輸入品に一律10%~20%の追加関税を課す考えを選挙期間中に示してきた。

トランプ氏は、実際にそうした異例の政策をとる意志が強いのではないかと推察されるが、問題はそれを既存の法律によって正当化できるかどうかである。トランプ氏は一期目に、様々な法律の壁や議会の反対などによって彼が目指していた政策が実現できなかった、という思いを強く抱いている可能性がある。二期目では、そうした法律の壁を乗り越え、さらに議会に承認を得ることなく大統領の権限で様々な政策を推進しようとしているだろう。

トランプ政権一期目にも多くの追加関税が導入された。2018年3月には、通商法232条に基づき、原則としてすべての国からの輸入に対して、鉄鋼製品には25%、アルミニウム製品には10%の追加関税を課した。通商法232条は、ある製品の輸入が米国の安全保障を損なう恐れがあると商務省が判断した際に、それを是正するための措置をとる権利を大統領に与えている。

またトランプ政権は2018年7月以降、通商法301条に基づいて、中国からの多くの輸入品に追加関税を課していった。通商法301条は、外国の貿易慣行が不合理、差別的である場合、大統領の指示に従って米国通商代表部(USTR)に輸入制限措置を発動する権利を付与している。

IEEPAを根拠にした一律追加関税を検討

通商法232条、通商法301条ともに、追加関税措置を講じる前に調査が求められる。通商法232条では商務省による270日以内の調査、通商法301条のもとではUSTRによる12か月以内の調査が必要となる。

いずれの条項を法的根拠にする場合でも、海外からの輸入品に一律関税を課す場合には、膨大な調査を行う必要が生じるだろう。そのため、これらの既存の法的根拠に基づいて、すべての国からの輸入品に一律関税を課すというトランプ氏の構想を実現できるかどうかには不確実な面がある。

そこでトランプ氏らは、通商法ではなく、大統領が国家の緊急事態を宣言することで、国際緊急経済権限法(IEEPA:INTERNATIONAL EMERGENCY ECONOMIC POWERS ACT)を根拠にして、一律関税を課すことを検討しているのである。IEEPAは、米国の安全保障、外交政策、経済に対する異例かつ重大な脅威に関して大統領が緊急事態を宣言した場合に、大統領にそれに対処する権限を与えるものだ。

過去にはテロ組織、テロ国などに対して多く適用されてきた。IEEPAに基づいて大統領が追加関税を課したことは過去にはない。

議会との協議、報告が難点か

しかし、通商法に基づく追加関税のように、事前調査は求められていないことから、膨大な調査の作業をする必要がなく、迅速に追加関税を課すことが可能である。実際トランプ氏は2019年5月に、メキシコからの不法移民を問題視し、このIEEPAに基づいてメキシコからの輸入品に一律5%の関税を課す考えを示したことがある。ただし、メキシコとの間で合意がなされたことで、実施には至らなかった。

ニクソン大統領は1971年に、対敵通商法(TWEA)を利用して、国際収支の悪化を理由に米国の輸入全体に一律10%の追加関税を課したことがある。IEEPA はこのTWEAの後継法であることも、IEEPAに基づいて一律関税を課すことが可能との主張を支えている。

しかし、IEEPAを根拠とする一律追加関税にも難点がある。IEEPAは、大統領がその権限を行使する前に、議会との協議を義務付けている。議会では、民主党だけでなく共和党議員からも一律追加関税に反対する意見が出て、協議がまとまらない可能性がある。追加関税発動前には、その背景や必要性などについて議会に報告することも義務付けられている。さらに、実施後も少なくとも6か月に一回は、講じた措置について議会に報告しなければならない。

こうした条件は、トランプ氏がIEEPAを根拠として一律追加関税を導入することの障害になる可能性がある。

法律の壁を乗り越え大統領の権限が最大限発揮される手段を模索

そこでトランプ氏の補佐官らは、1930年関税法第338条の利用可能性を検討しているという。この条項は、米国との貿易で差別的な待遇をしているとみなされる国に対して、大統領が最大50%の「新たな関税または追加関税」を課すことを認めている。

トランプ氏は広範囲な国に一律関税を課し、米国の貿易赤字を縮小しようとする強い意志を持っている。法律の壁を乗り越え、大統領の権限が最大限発揮される手段を模索した上で、一律関税の導入に踏み切る可能性は高いだろう。それは、米国以外の国にとっては、輸出環境を損ねる脅威であるが、世界の貿易、経済は連動していることから、その悪影響は米国経済にも及ぶはずである。

(参考資料)
「トランプ氏、「国家経済緊急事態宣言」を検討 一律関税に向け」、2025年1月9日、CNN
「トランプ次期政権下で取られ得る関税政策(米国)」、2024年12月10日、JETRO

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。