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マスク氏は英・独首相を痛烈に批判し両国の右派政党を支持

まもなく誕生する第2期トランプ政権で大きな影響力を持つイーロン・マスク氏は、X上で欧州の政治家を相次ぎ批判し、また特定の政党を支持する姿勢を明らかにするなど、欧州の政治に事実上介入している状況だ。

マスク氏は、キア・スターマー英首相が10年以上前に検察局トップを務めていた際に、パキスタン系容疑者らによる白人少女らへの性的暴行事件を十分に操作しなかったと批判し、「スターマーは辞任しなければならない」、「英国史上最悪の集団犯罪に加担した罪で告発されなければならない」と投稿した。さらに、「米国は英国民を専制政府から解放すべきだ」とも投稿した。

スターマー氏は1月6日に、マスク氏を名指しせずに、「虚偽情報を拡散する人々は、被害者に関心があるのではなく、自分たちが目立ちたいだけだ」とした。

英紙フィナンシャル・タイムズは9日に、マスク氏は、スターマー氏が率いる中道左派・労働党の弱体化を狙い、また、自らが支持する右派ポピュリスト政党「リフォームUK」の勢力拡大を画策していると伝えた。

マスク氏は、ドイツのシュルツ首相も批判している。マスク氏は昨年12月に、Xへの投稿で中道左派・社会民主党のショルツ首相を「辞任すべきだ。無能なバカだ」と強く非難した。これは、2月に行われるドイツの総選挙を意識したものだろう。マスク氏は、排外主義的な右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)がドイツを救う、と訴えている。

AfDは反移民・反体制を掲げる極右政党だ。同党の政策綱領案は、対ロシア制裁の解除、外交・エネルギー政策における米国の影響排除、EU離脱などを求めている。

ショルツ氏はマスク氏の挑発には乗らず、「冷静でいよう。あおり行為に乗ってはいけない」と述べ、挑発を無視する姿勢を示している。

今のところは世論に大きな影響は見られないが。。。

欧州各国政府は、トランプ氏に近いマスク氏をあからさまに批判することを控えている。トランプ氏との関係が悪化することを避けるためだ。

現在のところ、マスク氏の発言は欧州内での世論に大きな影響を与えていない模様だ。世論調査会社ユーガブのアンケート調査によると、英国でマスク氏に対して好意的な見方をしている人はわずか26%で、スターマー氏と同水準だという。

またドイツでは、マスク氏がドイツの政治について発言するのは不適切だと答えた回答者は74%に上った。他方で、AfDに対する全体の支持率は昨年12月から変わっていないという。

しかし、マスク氏は自身のソーシャルメディア「X」で2億1,100万人のフォロワーを持つ。そのため、彼のXでの投稿が、欧州でも大きな影響力を持つことを欧州各国政府は警戒しているだろう。
 

マスク氏の情報発信に戦々恐々か

他方、海外の政治に直接介入するかのようなマスク氏の姿勢については、米国内でも批判が出ている。今後、民間人が外交政策に関与したとして、マスク氏の言動の違法性が問われる可能性もある。米国のローガン法は、政府の意図に反して個人が外国と交渉することを防ぐ目的で、米国と争っている外国政府に対し、連邦政府の許可がない個人が交渉することを禁じている。違反者には罰金または禁錮が適用される。

政治アナリストは、「(マスク氏は)自身を、進歩派から米国の民主主義を守る救世主とみなしている」とし、「国内だけでなく欧州でもそれを続けるべきだと考えている」と説明しているが、それがトランプ氏の主張と一致しているかどうかは分からない。トランプ氏の関心はもっと経済問題にあるようにも見うけられる。

マスク氏の言動が、トランプ政権の下での米国と欧州諸国との外交政策にどのような影響を与えるかはまだよくわからないが、各国政府及び金融市場も、前回のトランプ政権でトランプ氏が行ったように、マスク氏がSNSで日々行う予見が難しい大量の情報発信に、戦々恐々とすることになるだろう。
 
(参考資料)
"Elon Musk Is Roiling European Politics(マスク氏、欧州政界を揺らす)", Wall Street Journal, January 8, 2025
「イーロン・マスク氏:ほえるマスク氏 「集団犯罪に加担、辞任すべきだ」 英首相を露骨に攻撃」、2025年1月11日、毎日新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。