中国当局は、低迷する国内経済と人民元下落の板挟みとなり、金融政策を中心に政策対応に苦慮してきたが、人民元が対ドルで約16か月ぶりの安値付近で推移する中、いよいよ通貨防衛を重視する方向に舵を切ったように見える。
中国人民銀行は13日に、企業が海外からの外貨借入れを拡大できるよう上限を引き上げると発表した。これは、企業の純資産に対する外貨借入額の上限を定めたマクロプルーデンス政策を修正するものだ。それよって人民元を売却して外貨を調達する必要性を低下させ、人民元相場の下落に歯止めをかける狙いがある。
また当局は、過去最大規模の短期証券を発行して、香港で人民元の流動性を吸収しており、それも通貨防衛策の一環と考えられる。
景気減速と低インフレに直面する中国は、通貨安(人民元安)を受け入れやすい環境にある。通貨安は輸出を促し国内経済を支えるためだ。しかし、通貨安が大きく進めば、国内から海外への資金流出が促され、株価が下落するなど国内金融市場が混乱するリスクが高まりかねない。
思い起こされるのは2015年の経験だ。国内経済が低迷していた2015年に、人民元が対ドルで3%急落するのを当局が容認すると、資本の国外流出が加速してしまった。人民元を買い支えるため、中国の外貨準備高は、2014年から2017年までに1兆ドル近くも減少した。
足もとで人民元が対ドルで大幅に下落している主な背景は2つある。一つは、中国経済の低迷、インフレ率の低下を受けて金融緩和期待が高まり、それを織り込んだ中国の長期国債利回りが米国の水準を下回る、逆転現象が生じていることだ。足もとで米国長期国債利回りが上昇していることで、こうした傾向はより強まり、人民元安を促している。
もう一つの背景が、トランプ次期大統領による一律追加関税だ。幅広い国が対象になると考えられるが、特に中国は厳しい措置を受けることが見込まれる。それは中国経済を悪化させ、通貨安を加速させる。当局は対ドルでの人民元安を容認することで、追加関税による中国輸出品のドル建て価格の上昇を相殺する、との観測が根強くあった。
当局が通貨防衛の姿勢を鮮明にしたことで、金融緩和期待が後退し、これが長期国債利回りを上昇させている。しかし、これが人民元の安定回復につながるかどうかはなお不透明だ。中国経済の低迷、そしてトランプ次期政権の経済政策に対する不確実性がある限り、人民元の不安定な動きは容易には解消されないのではないか。
(参考資料)
"China Faces Harsh Dilemma as Yuan Comes Under Pressure(人民元に圧力、中国が直面するジレンマ)", Wall Street Journal, January 15, 2025
中国人民銀行は13日に、企業が海外からの外貨借入れを拡大できるよう上限を引き上げると発表した。これは、企業の純資産に対する外貨借入額の上限を定めたマクロプルーデンス政策を修正するものだ。それよって人民元を売却して外貨を調達する必要性を低下させ、人民元相場の下落に歯止めをかける狙いがある。
また当局は、過去最大規模の短期証券を発行して、香港で人民元の流動性を吸収しており、それも通貨防衛策の一環と考えられる。
景気減速と低インフレに直面する中国は、通貨安(人民元安)を受け入れやすい環境にある。通貨安は輸出を促し国内経済を支えるためだ。しかし、通貨安が大きく進めば、国内から海外への資金流出が促され、株価が下落するなど国内金融市場が混乱するリスクが高まりかねない。
思い起こされるのは2015年の経験だ。国内経済が低迷していた2015年に、人民元が対ドルで3%急落するのを当局が容認すると、資本の国外流出が加速してしまった。人民元を買い支えるため、中国の外貨準備高は、2014年から2017年までに1兆ドル近くも減少した。
足もとで人民元が対ドルで大幅に下落している主な背景は2つある。一つは、中国経済の低迷、インフレ率の低下を受けて金融緩和期待が高まり、それを織り込んだ中国の長期国債利回りが米国の水準を下回る、逆転現象が生じていることだ。足もとで米国長期国債利回りが上昇していることで、こうした傾向はより強まり、人民元安を促している。
もう一つの背景が、トランプ次期大統領による一律追加関税だ。幅広い国が対象になると考えられるが、特に中国は厳しい措置を受けることが見込まれる。それは中国経済を悪化させ、通貨安を加速させる。当局は対ドルでの人民元安を容認することで、追加関税による中国輸出品のドル建て価格の上昇を相殺する、との観測が根強くあった。
当局が通貨防衛の姿勢を鮮明にしたことで、金融緩和期待が後退し、これが長期国債利回りを上昇させている。しかし、これが人民元の安定回復につながるかどうかはなお不透明だ。中国経済の低迷、そしてトランプ次期政権の経済政策に対する不確実性がある限り、人民元の不安定な動きは容易には解消されないのではないか。
(参考資料)
"China Faces Harsh Dilemma as Yuan Comes Under Pressure(人民元に圧力、中国が直面するジレンマ)", Wall Street Journal, January 15, 2025
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。