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2025年度プライマリーバランス見通しは黒字から赤字に修正

政府は17日に開いた経済財政諮問会議で、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス:PB)の中長期試算を示した。昨年7月の試算では、2025年度のプライマリーバランスは8,000億円程度の黒字が見込まれ、政府が掲げてきた2025年度の黒字化目標が達成できるとしていた。しかし今回の試算では、2025年度のプライマリーバランスは一転して4兆5,000億円の赤字(過去投影ケース)となったのである。

2025年度の新たな見通しでは、昨年12月に成立した補正予算に伴う経済対策費が約5兆8,000億円の悪化要因になったと政府は説明している。さらに2025年度税制改正で盛り込まれた所得税の非課税枠(年収の壁)の103万円から123万円への引き上げ、いわゆる与党の103万円の壁対策が、約7,000億円の悪化要因になったとしている。

先行きについては、経済成長が実現すれば(成長以降ケース)、2026年度のプライマリーバランスは2兆2,000億円の黒字になり、その後も黒字幅の拡大が続く計算となる。他方で、現在の成長率が続く過去投影ケースでは、2026年度に8,000億円程度の小幅黒字となった後、その後も小幅な黒字が続くが、2023年度に再び赤字に転じる見通しとなっている。

不明確な財政見通しの前提と物価高による一時的な税収の上振れ

2025年度のプライマリーバランスは黒字化達成に手が届くところにあったが、経済対策や減税策を実施するため、黒字化が達成できなくなった、との説明がされている訳だが、これは正しいのだろうか。

2024年度に17兆9,000億円程度の大幅赤字と見積もられたプライマリーバランスが2025年度に4兆5,000億円の小幅赤字にまで一気に改善する見通しであるのは、不自然ではないか。プライマリーバランスの名目GDP比についても、2024年度の-2.9%から2025年度に-0.7%に大きく改善する見通しである。

例えば2025年度の歳出は、前年度比で国が11兆円、地方が4.5兆円と大きく削減される見通しだが、その背景は何だろうか。国については「その他」という歳出項目が2025年度に12.3兆円の大幅削減となると計算されているが、その詳細についてはよくわからず、違和感が残る。

足もとで税収が上振れていることは確かだが、それは物価高による一時的な影響が大きいだろう。円安・物価高による企業収益の改善が法人税収を押し上げ、また消費税収を押し上げている。さらに、物価上昇を反映した賃金の上昇によって、個人はより高い所得税率が適用され、事実上の増税となっている人も増えている。それは所得税収を増加させるが、その分、実質所得を悪化させ、個人消費には逆風となるため、所得税収の上振れも持続的とは言えないだろう。

黒字化目標の達成時期先送りを検討すべき

政府はプライマリーバランスの黒字化を、長らく財政健全化の目標と位置づけてきた。当初は2010年代初頭の黒字化を目標としたが、先延ばしが繰り返され、現在は2025年度の黒字化が目指されている。

政府は、このプライマリーバランスの黒字化目標の達成を目指す方針を維持することで、財政健全化の姿勢を堅持していることをアピールしてきた。しかし実際には、その目標の持続的な達成が本当に見えたことはなかったのではないか。

今回の試算でも、2025年度の黒字化目標の達成は困難になったものの、2026年度には黒字化達成の見通しが示されていることから、政府は新たな黒字化目標の時期を設定することなく、できるだけ早期の黒字化を目指す方針とすることになるだろう。しかし、それは問題先送りでしかない。

2030年度などへと黒字化目標の達成をさらに先送りした上で、今度こそそれを達成するための具体策を示し、実行していくのが、財政健全化を目指す姿勢としてはより誠実なのではないか。

最終的な財政健全化目標ではないがプライマリーバランス黒字化目標は堅持すべき

実際には、プライマリーバランスの黒字化は、最終的な財政健全化目標にはなりえない。本来は、財政収支全体の黒字化を目指し、さらに政府債務の削減、政府債務の名目GDP比の大幅低下を目指していくべきだ。

それでも、プライマリーバランスの黒字化は、財政健全化に向けた一里塚であり、それを堅持することには一定の意味があるだろう。

積極財政派は、プライマリーバランスの黒字化目標を廃止することを主張しているが、それを行えば、タガが外れ、財政環境の悪化に歯止めがかからなくなってしまう恐れがあるからである。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。