一律追加関税の大統領令は見送り:法的に正当化する手段を模索か
米国時間1月20日に、トランプ氏は第47代米国大統領に就任した。就任演説では、エネルギー政策、環境政策を大きく転換する一方、移民の規制強化、貿易相手国への関税適用などの方針を示した。その後トランプ大統領は、パリ協定離脱の大統領令に署名した。
大統領就任初日からのこうした政策の大転換は予想されていたことだが、やや予想外だったのは、追加関税の発動を見送ったことだ。トランプ大統領は昨年12月に、中国からの輸入品に一律10%、カナダとメキシコからの輸入品に一律25%の関税を課す考えを示し、それを大統領就任直後に大統領令として発表する考えを示していた。初日にはこの大統領令を見送ったが、トランプ大統領が追加関税など保護主義的な政策姿勢を軟化させたと考えるのは誤りだろう。
トランプ氏は第1期政権で、中国を中心に多くの追加関税を課してきた。しかし、米国の貿易赤字が目立って削減しないことから、第2期政権では、すべての国からの輸入品に一律関税を課す方針を示してきた。
しかし、特定の国からの特定の輸入品目に、通商法を根拠に追加関税を課すことと比べると、輸入品に一律関税を課す際には、それを法的に正当化することや、手続きの煩雑さを回避することの難易度が大きく高まる。
トランプ大統領は、できる限り大統領の権限のみに基づき、一律追加関税を法的に正当化する最適な手段を模索しており、それが、初日に追加関税の具体策を見送った理由と考えられる。
政府は、中国政府が過去の貿易合意を順守しているかを調査する必要があるため、関税実施を見送った、との説明をしているが、これは口実なのではないか。その後、トランプ氏はカナダとメキシコへの関税の発動を2月1日に検討しているとの報道も流れた。
大統領就任初日からのこうした政策の大転換は予想されていたことだが、やや予想外だったのは、追加関税の発動を見送ったことだ。トランプ大統領は昨年12月に、中国からの輸入品に一律10%、カナダとメキシコからの輸入品に一律25%の関税を課す考えを示し、それを大統領就任直後に大統領令として発表する考えを示していた。初日にはこの大統領令を見送ったが、トランプ大統領が追加関税など保護主義的な政策姿勢を軟化させたと考えるのは誤りだろう。
トランプ氏は第1期政権で、中国を中心に多くの追加関税を課してきた。しかし、米国の貿易赤字が目立って削減しないことから、第2期政権では、すべての国からの輸入品に一律関税を課す方針を示してきた。
しかし、特定の国からの特定の輸入品目に、通商法を根拠に追加関税を課すことと比べると、輸入品に一律関税を課す際には、それを法的に正当化することや、手続きの煩雑さを回避することの難易度が大きく高まる。
トランプ大統領は、できる限り大統領の権限のみに基づき、一律追加関税を法的に正当化する最適な手段を模索しており、それが、初日に追加関税の具体策を見送った理由と考えられる。
政府は、中国政府が過去の貿易合意を順守しているかを調査する必要があるため、関税実施を見送った、との説明をしているが、これは口実なのではないか。その後、トランプ氏はカナダとメキシコへの関税の発動を2月1日に検討しているとの報道も流れた。
一律追加関税による世界経済への悪影響は小さくない:先行きはドル安リスクか
従って、トランプ大統領は、引き続き、一律追加関税を他国との間の特定の問題を解決するための手段として、そして米国の貿易赤字を削減する手段として実施していく考えに揺らぎはないだろう。
追加関税は、米国の貿易相手国の経済に打撃を与え、世界経済の下振れリスクとなることは明らかだ。追加関税の対象となった国が米国に対して報復関税を課し、報復関税の応酬となる場合には、そのリスクはより高まる。実際、現時点で追加関税の対象となっている中国、カナダ、メキシコは、いずれも米国に対して報復措置を講じる考えを示している。
他方で重要なのは、追加関税は貿易相手国の成長鈍化、輸入品の価格上昇を通じて、米国経済にも打撃となることだ。昨年11月の大統領選挙でトランプ氏が勝利を収めた後、為替市場でドル高傾向が強まったのは、米国第一主義に基づく追加関税策は、米国経済の相対的な優位性を一段と高める、との見方を反映しているが、これは必ずしも正しくないだろう。追加関税の悪影響は、米国経済にも跳ね返ってくるのである。いわゆる「ブーメラン効果」だ。
追加関税による物価高が金利の低下を阻み、これもドル高につながるとの見方もあるが、輸入物価上昇による物価高は一時的なものである一方、追加関税による米国の成長鈍化が持続的なものとなれば、それは必ずしもドル高要因ではない。物価高と成長鈍化が併存するスタグフレーション的な状況では、通貨は安くなるのが通例だ。
しかも、トランプ氏は、米連邦準備制度理事会(FRB)に利下げを迫り、それを通じて米国企業の国際競争力に悪影響を与えるドル高を是正することを志向している。
追加関税は、米国の貿易相手国の経済に打撃を与え、世界経済の下振れリスクとなることは明らかだ。追加関税の対象となった国が米国に対して報復関税を課し、報復関税の応酬となる場合には、そのリスクはより高まる。実際、現時点で追加関税の対象となっている中国、カナダ、メキシコは、いずれも米国に対して報復措置を講じる考えを示している。
他方で重要なのは、追加関税は貿易相手国の成長鈍化、輸入品の価格上昇を通じて、米国経済にも打撃となることだ。昨年11月の大統領選挙でトランプ氏が勝利を収めた後、為替市場でドル高傾向が強まったのは、米国第一主義に基づく追加関税策は、米国経済の相対的な優位性を一段と高める、との見方を反映しているが、これは必ずしも正しくないだろう。追加関税の悪影響は、米国経済にも跳ね返ってくるのである。いわゆる「ブーメラン効果」だ。
追加関税による物価高が金利の低下を阻み、これもドル高につながるとの見方もあるが、輸入物価上昇による物価高は一時的なものである一方、追加関税による米国の成長鈍化が持続的なものとなれば、それは必ずしもドル高要因ではない。物価高と成長鈍化が併存するスタグフレーション的な状況では、通貨は安くなるのが通例だ。
しかも、トランプ氏は、米連邦準備制度理事会(FRB)に利下げを迫り、それを通じて米国企業の国際競争力に悪影響を与えるドル高を是正することを志向している。
トランプ経済政策(追加関税、移民規制強化、政府歳出削減)は米国経済に逆風
追加関税に加えて、トランプ大統領が掲げてきた移民の規制強化、政府の無駄な歳出削減を実施すれば、米国経済にはかなりの打撃となるはずだ。移民の流入は米国の人口を年間1%程度押し上げ、それは米国経済を労働供給の面から支えている。またトランプ大統領は不法移民を海外に退去させるとしているが、現在不法移民は1, 100万人程度おり、労働者の5%弱程度にも達するとみられる。移民の流入規制強化や不法移民の国外退去を実施すれば、労働供給の抑制が米国経済にかなりの打撃となるはずだ。
さらに、政府の無駄な歳出の削減をになう政府効率化省(DOGE)を率いるイーロン。マスク氏は、年間5,000億ドルの無駄な予算の削減を計画している。その規模は年間連邦予算の8%、名目GDPの2%程度にも達する。
トランプ大統領がこうした経済政策を公約通りに実施する場合、米国経済は景気後退に陥り、世界経済も失速する可能性も出てくるだろう。ただしトランプ大統領は、法律の壁、議会の壁、官僚の壁などに阻まれて、これらの政策すべてを実施するのは難しいのではないか。しかしながら、部分的にでも実施されていけば、世界経済そして米国経済には逆風となる。
ところで、トランプ大統領が掲げる減税策については、米国経済に浮揚効果は限られるだろう。2025年に期限が切れる所得税を中心とする大型減税、いわゆるトランプ減税については、減税の延長を決めるだけであり、追加の景気浮揚効果が生じる訳ではない。また、法人税率引き下げについては、現行21%から20%への小幅引き下げにとどまるとみられる一方、その対象となるのも海外での生産を行っていない国内製造業に限られるとみられる。
さらに、政府の無駄な歳出の削減をになう政府効率化省(DOGE)を率いるイーロン。マスク氏は、年間5,000億ドルの無駄な予算の削減を計画している。その規模は年間連邦予算の8%、名目GDPの2%程度にも達する。
トランプ大統領がこうした経済政策を公約通りに実施する場合、米国経済は景気後退に陥り、世界経済も失速する可能性も出てくるだろう。ただしトランプ大統領は、法律の壁、議会の壁、官僚の壁などに阻まれて、これらの政策すべてを実施するのは難しいのではないか。しかしながら、部分的にでも実施されていけば、世界経済そして米国経済には逆風となる。
ところで、トランプ大統領が掲げる減税策については、米国経済に浮揚効果は限られるだろう。2025年に期限が切れる所得税を中心とする大型減税、いわゆるトランプ減税については、減税の延長を決めるだけであり、追加の景気浮揚効果が生じる訳ではない。また、法人税率引き下げについては、現行21%から20%への小幅引き下げにとどまるとみられる一方、その対象となるのも海外での生産を行っていない国内製造業に限られるとみられる。
トランプ経済政策は自動車産業を中心に日本経済に打撃:ドル安円高リスクも
トランプ政権の経済政策は、日本経済、日本企業にとっても大きな懸念材料である。追加関税などによる米国経済、世界経済の減速は、日本の輸出環境を悪化させる。
さらに、米国にとって5番目に大きい輸入相手国である日本は、貿易赤字削減を狙ってトランプ政権が追加関税を課す次のターゲットとなる可能性は否定できない。そうなれば、自動車産業を中心に日本の輸出が大きな打撃を受けるだろう。
仮に、交渉によって日本への関税適用が回避される場合でも、日本は米国からの農産物(穀物、牛肉など)の輸入拡大と対米自動車輸出の一段の削減を求められると考えられる。そうなればやはり、関連部品を含めると対米輸出の約3分の1を占める自動車産業への打撃が大きい。
さらに日本車産業は、メキシコやカナダの生産拠点を米国内に移すことも余儀なくされるだろう。これらは、日本国内での自動車生産の縮小、雇用の削減につながる。
追加関税、移民規制強化、政府の歳出削減によって米国経済の成長鈍化が明らかになれば、米国では先行きの金融緩和観測も再び高まるだろう。これは、為替市場ではドル安円高圧力を生じさせやすい。日本経済の成長鈍化も明らかになるとしても、日本では利下げの余地がないからである。
従って、最終的にはトランプ政権が進める経済政策は、いずれはドル安円高要因になると見ておきたい。それは近い将来のことではなくても、年内にはそうした為替市場の転換点を迎えるものと予想する。
さらに、米国にとって5番目に大きい輸入相手国である日本は、貿易赤字削減を狙ってトランプ政権が追加関税を課す次のターゲットとなる可能性は否定できない。そうなれば、自動車産業を中心に日本の輸出が大きな打撃を受けるだろう。
仮に、交渉によって日本への関税適用が回避される場合でも、日本は米国からの農産物(穀物、牛肉など)の輸入拡大と対米自動車輸出の一段の削減を求められると考えられる。そうなればやはり、関連部品を含めると対米輸出の約3分の1を占める自動車産業への打撃が大きい。
さらに日本車産業は、メキシコやカナダの生産拠点を米国内に移すことも余儀なくされるだろう。これらは、日本国内での自動車生産の縮小、雇用の削減につながる。
追加関税、移民規制強化、政府の歳出削減によって米国経済の成長鈍化が明らかになれば、米国では先行きの金融緩和観測も再び高まるだろう。これは、為替市場ではドル安円高圧力を生じさせやすい。日本経済の成長鈍化も明らかになるとしても、日本では利下げの余地がないからである。
従って、最終的にはトランプ政権が進める経済政策は、いずれはドル安円高要因になると見ておきたい。それは近い将来のことではなくても、年内にはそうした為替市場の転換点を迎えるものと予想する。
日本銀行の追加利上げを後押し
追加関税を中心に、トランプ大統領が想定以上に過激な政策を掲げることを、金融市場は事前に警戒していた。しかし実際には、それは生じなかったことから、金融市場の混乱は避けられた。
警戒していたイベントを通過したことで、21日の東京為替市場では、ややドル安円高が進み、日本株高が生じている。また、株式先物市場では米国など世界全体で株高傾向がみられる。
日本銀行も、追加関税を中心に、トランプ大統領が想定以上に過激な政策を掲げること、それを受けて金融市場が動揺することを警戒していた。日本銀行は、春闘での賃上げに向けたモメンタムとトランプ大統領の政策の2点を見極めることが、次の利上げの条件としている。トランプ大統領の就任初日に不測の事態が生じなかったことから、日本銀行は1月24日に0.25%の追加利上げを実施する可能性が高まったと広く受け止められている。実際には、日本銀行は、よほど大きな混乱が生じない限り、利上げを行う意思は固かったのではないか。
内外の経済環境が安定を維持すれば、日本銀行は今年9月にも追加利上げを実施するだろう。さらに来年半ば頃に1.0%まで政策金利を引き上げる可能性もある。
ただし、トランプ大統領の経済政策によって内外経済が悪化する、あるいは急速なドル安円高が生じる場合には、日本銀行は利上げを停止させるだろう。また、経済の悪化の程度がより深刻となり、金融市場が混乱する場合には、利下げの必要性も生じかねない。
トランプ大統領の就任直後の状況だけから、日本銀行はトランプ政権の経済政策のリスクを正確に判断できる訳ではない。そうしたなか、トランプ大統領の就任直後に利上げを実施するとすれば、その狙いの一つは、トランプ政権の経済政策によって経済・金融環境が顕著に悪化する場合に備えて、利下げの余地、「のりしろ」を確保しておくことなのではないか。
警戒していたイベントを通過したことで、21日の東京為替市場では、ややドル安円高が進み、日本株高が生じている。また、株式先物市場では米国など世界全体で株高傾向がみられる。
日本銀行も、追加関税を中心に、トランプ大統領が想定以上に過激な政策を掲げること、それを受けて金融市場が動揺することを警戒していた。日本銀行は、春闘での賃上げに向けたモメンタムとトランプ大統領の政策の2点を見極めることが、次の利上げの条件としている。トランプ大統領の就任初日に不測の事態が生じなかったことから、日本銀行は1月24日に0.25%の追加利上げを実施する可能性が高まったと広く受け止められている。実際には、日本銀行は、よほど大きな混乱が生じない限り、利上げを行う意思は固かったのではないか。
内外の経済環境が安定を維持すれば、日本銀行は今年9月にも追加利上げを実施するだろう。さらに来年半ば頃に1.0%まで政策金利を引き上げる可能性もある。
ただし、トランプ大統領の経済政策によって内外経済が悪化する、あるいは急速なドル安円高が生じる場合には、日本銀行は利上げを停止させるだろう。また、経済の悪化の程度がより深刻となり、金融市場が混乱する場合には、利下げの必要性も生じかねない。
トランプ大統領の就任直後の状況だけから、日本銀行はトランプ政権の経済政策のリスクを正確に判断できる訳ではない。そうしたなか、トランプ大統領の就任直後に利上げを実施するとすれば、その狙いの一つは、トランプ政権の経済政策によって経済・金融環境が顕著に悪化する場合に備えて、利下げの余地、「のりしろ」を確保しておくことなのではないか。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。