トランプ減税の延長を支持も財政健全性の重要性を強調
トランプ大統領から財務長官に指名されたスコット・ベッセント氏は1月16日に、上院財政委員会の指名承認公聴会に臨んだ。トランプ氏が掲げる減税延長や追加関税策などについて、強い支持を表明した。他方、同氏はドルの基軸通貨としての地位と米連邦準備制度理事会(FRB)の独立性の重要性を主張した。これは、ドル高是正やFRBの金融政策への大統領の関与を主張するトランプ氏の姿勢とは食い違う面もある。同氏が財務長官に承認された場合、トランプ氏との間の意見の相違が表面化するかどうかは今後の注目点となる。
ベッセント氏は、2017年に導入されて2025年に期限を迎える大型減税、いわゆるトランプ減税の延長を「最も重要な経済問題」とした。「もし更新・延長しなければ、4兆ドルの税負担増により、われわれは経済的災難に直面することになる」、「中間層にとって巨大な増税になる」などと訴えた。
イエレン前財務長官は、トランプ減税が延長されれば、財政環境が悪化し、「将来的に債務危機を招く恐れさえある」と警告していた。これに対してベッセント氏は、「自身の在任中に連邦政府が債務不履行に陥ることはないだろう」と語った。
そのうえで、「財政の健全化に取り組まなければならない」と述べ、それを「アメリカにあるのは歳入の問題ではなく、歳出の問題だ」として、歳出削減で対応すべきだという考えを示唆した。ただし、社会保障やメディケア(高齢者向けの医療保険)には手を付けないと改めて主張したが、具体策への言及は避けた。トランプ氏が主張する減税の延長を支持しながらも、財政の健全性維持の姿勢をアピールした形だ。
ベッセント氏は、2017年に導入されて2025年に期限を迎える大型減税、いわゆるトランプ減税の延長を「最も重要な経済問題」とした。「もし更新・延長しなければ、4兆ドルの税負担増により、われわれは経済的災難に直面することになる」、「中間層にとって巨大な増税になる」などと訴えた。
イエレン前財務長官は、トランプ減税が延長されれば、財政環境が悪化し、「将来的に債務危機を招く恐れさえある」と警告していた。これに対してベッセント氏は、「自身の在任中に連邦政府が債務不履行に陥ることはないだろう」と語った。
そのうえで、「財政の健全化に取り組まなければならない」と述べ、それを「アメリカにあるのは歳入の問題ではなく、歳出の問題だ」として、歳出削減で対応すべきだという考えを示唆した。ただし、社会保障やメディケア(高齢者向けの医療保険)には手を付けないと改めて主張したが、具体策への言及は避けた。トランプ氏が主張する減税の延長を支持しながらも、財政の健全性維持の姿勢をアピールした形だ。
追加関税の正当性の説明には矛盾も
トランプ氏が打ち出している関税引き上げについても、ベッセント氏は改めて支持を表明した。不公正な貿易慣行と闘い、歳入を増やし、貿易以外の問題も含めて米国の交渉力を高めることにつながる、との見方を示した。
他方、関税引き上げが米国の物価上昇率を高めるとの指摘に対しては、関税引き上げによる米国の貿易収支改善がドル高をもたらすこと、「足元の景気低迷を輸出で克服しようとしている中国は、市場シェアを維持するために価格を引き下げ続ける」ことによって、米国の輸入品の価格上昇は緩和されると説明している。
ただし、この2つの経路から米国で輸入品の価格上昇が緩和されるのであれば、その分、トランプ氏が追加関税を通じて目指している輸入抑制、貿易赤字削減の効果も薄れてしまう。この点で、ベッセント氏の説明には矛盾が感じられる。それは、トランプ氏の追加関税策を無理に支持しているためではないか。
他方、関税引き上げが米国の物価上昇率を高めるとの指摘に対しては、関税引き上げによる米国の貿易収支改善がドル高をもたらすこと、「足元の景気低迷を輸出で克服しようとしている中国は、市場シェアを維持するために価格を引き下げ続ける」ことによって、米国の輸入品の価格上昇は緩和されると説明している。
ただし、この2つの経路から米国で輸入品の価格上昇が緩和されるのであれば、その分、トランプ氏が追加関税を通じて目指している輸入抑制、貿易赤字削減の効果も薄れてしまう。この点で、ベッセント氏の説明には矛盾が感じられる。それは、トランプ氏の追加関税策を無理に支持しているためではないか。
ドルの基軸通貨としての地位とFRBの独立性の重要性を強調
このように、ベッセント氏はトランプ氏が掲げる政策を支持する姿勢を明らかにしたが、一方で、トランプ氏の主張との違いを浮かび上がらせる発言もあった。第1は、ドル高を支持する発言をしたことだ。ベッセント氏はドルについて、「重要なのは、ドルが世界の基軸通貨であり続けることだ」と主張した。トランプ氏は第一期政権時から、米国企業の国際競争力に悪影響を与えるとの観点からドル高を牽制し、ドル安を志向してきた。事実上の基軸通貨国である米国の政府が、自ら自国通貨の価値を下げる考えを標榜することは、非常に危険なことだ。世界経済や金融に大きな打撃を与えかねないからである。
第2にベッセント氏は、「金融政策の決定に関して、米連邦公開市場委員会(FOMC)は独立しているべきだ」と述べた。FRBの独立性を尊重することは、通貨価値の安定につながり、ドルの基軸通貨としての役割を支えるものだ。
他方、トランプ氏は大統領選挙戦の中で、大統領が金融政策の決定に関与するべきだと明言していた。トランプ氏は、大統領に就任すればFRBに利下げをさせるとも発言してきており、金融緩和を通じてドル高を是正する考えも持っているとみられる。
第2にベッセント氏は、「金融政策の決定に関して、米連邦公開市場委員会(FOMC)は独立しているべきだ」と述べた。FRBの独立性を尊重することは、通貨価値の安定につながり、ドルの基軸通貨としての役割を支えるものだ。
他方、トランプ氏は大統領選挙戦の中で、大統領が金融政策の決定に関与するべきだと明言していた。トランプ氏は、大統領に就任すればFRBに利下げをさせるとも発言してきており、金融緩和を通じてドル高を是正する考えも持っているとみられる。
財務長官候補者として極めて常識的な発言
財政の健全性、ドルの基軸通貨としての役割、FRBの独立性の3つを尊重するベッセント氏の発言は、財務長官候補者として、極めて常識的な発言である。
しかし、それらは、トランプ氏の主張とは一致していないように見える。トランプ氏が掲げる追加関税や減税延長について、ベッセント氏はそれを支持しながらも、それを正当化する説明には苦しさも感じられる。
トランプ氏は、自らの政策を強く支持し、自らに強い忠誠心を示すイエスマンで主要閣僚人事を固めた。しかし、今後は、トランプ氏と閣僚の間の温度差が表面化してくる可能性はあるのではないか。さらに、トランプ氏と官僚、議会との対立はもっと表面化しやすいだろう。
トランプ氏は、大統領の権限を最大限利用して、自らの政策の実現を図るだろうが、それが上手くいかずに、大きな政治混乱につながるリスクも抱えているだろう。
しかし、それらは、トランプ氏の主張とは一致していないように見える。トランプ氏が掲げる追加関税や減税延長について、ベッセント氏はそれを支持しながらも、それを正当化する説明には苦しさも感じられる。
トランプ氏は、自らの政策を強く支持し、自らに強い忠誠心を示すイエスマンで主要閣僚人事を固めた。しかし、今後は、トランプ氏と閣僚の間の温度差が表面化してくる可能性はあるのではないか。さらに、トランプ氏と官僚、議会との対立はもっと表面化しやすいだろう。
トランプ氏は、大統領の権限を最大限利用して、自らの政策の実現を図るだろうが、それが上手くいかずに、大きな政治混乱につながるリスクも抱えているだろう。
日本製鉄のUSスティール買収にも言及
ところで、ベッセント氏はバイデン前大統領が撤回を求めた、日本製鉄のUSスティール買収の問題についても公聴会で言及している。
ベッセント氏は、「審査は終了しているが、対米外国投資委員会(CFIUS)が再審査を行う場合は、これまでと同様の審査が行われることになる」と説明した。これを、買収計画が再検討される可能性を示唆した、との解釈も聞かれたが、実際にはベッセント氏は、ルールに沿った適切な手続きを説明しただけではないか。
トランプ氏は、買収に強く反対しており、またCFIUSへの大統領の不当な政治介入を真っ向から訴える日本製鉄の主張を、裁判所が受け入れる可能性は依然として高くないのではないか。
(参考資料)
"Bessent Says US Barreling to Crisis If Tax Cuts Not Extended", Bloomberg, January 16, 2025
「米財務長官候補「減税延長が最重要」 日鉄問題にも言及」、2025年1月17日、日本経済新聞電子版
ベッセント氏は、「審査は終了しているが、対米外国投資委員会(CFIUS)が再審査を行う場合は、これまでと同様の審査が行われることになる」と説明した。これを、買収計画が再検討される可能性を示唆した、との解釈も聞かれたが、実際にはベッセント氏は、ルールに沿った適切な手続きを説明しただけではないか。
トランプ氏は、買収に強く反対しており、またCFIUSへの大統領の不当な政治介入を真っ向から訴える日本製鉄の主張を、裁判所が受け入れる可能性は依然として高くないのではないか。
(参考資料)
"Bessent Says US Barreling to Crisis If Tax Cuts Not Extended", Bloomberg, January 16, 2025
「米財務長官候補「減税延長が最重要」 日鉄問題にも言及」、2025年1月17日、日本経済新聞電子版
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。