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物価見通しは上方修正

日本銀行は1月24日の金融政策決定会合で、政策金利を0.25%程度から0.5%程度へと引き上げる、利上げ策を実施した。利上げは昨年7月以来であり、政策金利の0.5%は17年ぶりの水準となる。

昨年に続き、企業の賃上げの意欲が強いこと、基調的な物価上昇率が2%に向けて徐々に上昇していること、トランプ政権の経済政策に関わる不確実性がある中でも、国際金融市場は全体として落ち着いた状況であること、を利上げに踏み切った理由に挙げている。

今回、日本銀行は、対外公表文、展望レポート(基本的見解)以外に、決定内容の概要を分かりやすく示す資料を公表している。利上げというシンプルな政策変更時にこのような資料を日本銀行が示すことは異例であるが、金融市場や国民に政策変更を分かりやすく、正確に伝える狙いに加えて、利上げに引き続き難色を示しているとみられる政府に対して、利上げを納得してもらう狙いがあるのではないか。

今回公表された展望レポートでは、2026年度までの成長率見通しは前回とほぼ同様であったが、消費者物価(除く生鮮食品)については、2024年度は前回(昨年10月)の+2.5%から+2.7%へ、2025年度については+1.9%から+2.4%へ、2026年度については+1.9%から+2.0%へとそれぞれ上方修正した。

なお大幅なマイナスの実質金利が経済活動をしっかりとサポート

しかし物価見通しの上方修正を受けて、日本銀行が、2%の物価目標達成の確度が一層高まっていると判断し、利上げ姿勢を前傾化させる、と考えるのは正しくないだろう。消費者物価見通しの上方修正の理由は、主に政府のエネルギー補助金制度の変更の影響、円安による輸入物価上昇の影響、天候要因などを受けた米価高騰の影響など、一時的な側面が強いものだ。

日本銀行は、「展望レポートで示した経済・物価の見通しが実現していけば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」と改めて追加利上げ継続の意向を示した。一方で、「政策金利の変更後も、実質金利は大幅なマイナスが続き、緩和的な金融環境は維持されるため、引き続き経済活動をしっかりとサポートしていく」とし、利上げによって経済環境が悪化することを懸念する政府、国民、金融市場への配慮も見せている。

会合ごとに大きく振れてきた日本銀行の情報発信と金融市場の利上げ観測

日本銀行の総裁、副総裁が事前に、23、24日に開く1月の金融政策決定会合で「利上げを行うかどうか議論し、判断する」と揃って述べ、金融市場の地均しを進めたことで、金融市場は直前には利上げを強く織り込んでいた。

それまで、金融市場の利上げ観測は大きく揺れてきた。昨年9月の金融政策決定会合後の記者会見では、植田総裁は利上げ実施までに「時間的余裕はある」と発言したため、金融市場の利上げ観測は後退した。10月の会合では、米国経済の下振れリスクの緩和を受けて、「時間的余裕はあるとの表現を今後は使わない」と総裁が発言したため、金融市場の利上げ観測は高まった。12月の会合では、追加利上げには、春闘での賃上げの動きとトランプ次期政権の経済政策の影響を見極めが必要、と総裁が述べたことで、金融市場の利上げ観測は再び遠のき、今年3月以降との見方が強まったのである。

日本銀行は、そうして後ずれした金融市場の利上げ観測を無理やり前倒しさせ、今回の利上げ実施を金融市場に織り込ませたように見える。このように、利上げ時期を巡る金融市場の観測は、日本銀行の情報発信によって会合ごとに大きく振られており、日本銀行と市場との対話にはなお混乱が見られる。

そうした市場との対話の混乱の背景には、日本銀行の政治への配慮があるのではないかと推察される。今回、直前になって日本銀行が利上げを金融市場に一気に織り込ませたうえで実施したのは、政治側からの利上げへの抵抗がやや緩んだタイミングを捉えたからではないか。

石破政権は日本銀行の利上げを基本的には歓迎していないか

日本銀行の利上げについて、政府のスタンスは岸田政権から石破政権になって大きく変わったように思われる。

岸田政権は、日本銀行は異例の緩和を長く続ける中、内外金利差の拡大などが急速な円安を生じさせ、それが物価高を通じて個人消費を悪化させていることを懸念していた。そこで、岸田政権は、円安阻止に向けて、日本銀行が金融政策の正常化に転じることを受け入れていたと考えられる。そうした政治的背景の下、日本銀行は昨年3月にマイナス金利政策の解除に踏み出すことができた。

他方、石破政権は、日本銀行の利上げを基本的には歓迎していないように見える。昨年10月の政権発足直後には、政権は、デフレからの完全脱却に向けて日本銀行に協力を求め、早期の利上げを牽制するような発言も閣僚から聞かれた。その後、金融政策の決定では日本銀行の独立性を尊重する本来の姿勢に戻ったが、政権内、あるいは与野党、国会などでは、日本銀行の利上げを歓迎しない意見がなお根強いのではないか。利上げが、賃金・物価の好循環の妨げとなり、デフレからの完全脱却の逆風となることを警戒している向きは少なくないだろう。

今回の利上げの際に、政府代表者が議決延期請求権を行使するとの観測も事前に合ったことも、そうした政府側の利上げへの慎重姿勢を表しているだろう。

2つの条件がクリアされたとの証拠づくりをしたうえで利上げを実施

日本銀行は、春闘での賃上げのモメンタムとトランプ次期政権の経済政策の2つを見極めることを、次回の利上げの条件と説明していた。双方ともに、完全に見極めることができるのはかなり先になるが、日本銀行は、日銀支店長会議などで、企業の前向きな賃上げ姿勢が継続していること、1月20日の大統領就任演説などで、予想外の政策が打ち出されなかったことを理由にして、利上げに踏み切ったと説明するだろう。

このように、日本銀行が、利上げ実施の条件を明示することは珍しいことだ。通常、政策は総合判断で決めるものだ。そうせざるを得なかった背景にも、政治的要因があるのではないか。

政府あるいは政治サイドは、高い賃上げ率がまだ定着しないタイミングで日本銀行が利上げを行えば、賃金と物価の好循環はとん挫し、デフレからの完全脱却が遠のくことを警戒していると考えられる。また、トランプ次期政権の追加関税などによって、日本経済がかなりの打撃を受ける可能性があり、利上げはその際の経済状況を一段と悪化させてしまうことを警戒しているのではないか。

つまり、政府、政治サイドが警戒する2つの要因を日本銀行は敢えて利上げ実施の条件として事前に掲げ、それらを慎重に見極めたという証拠づくりをした上で、利上げに踏み切る戦略だったのではないか。

年内に利上げはあと一回か

ただし、大統領就任演説でトランプの政策が相当分見極められるとする日本銀行の説明にはかなり無理がある。それは、日本銀行も十分に承知していることだろう。

しかし、利上げが遅れ、円安がさらに進むことは、目先の物価上昇リスクを高め、個人消費を悪化させるなど、日本経済を不安定化させかねない。そして、トランプ次期政権が追加関税などの経済政策を打ち出す前に利上げを行うことで、トランプ次期政権の経済政策によって日本経済が仮に悪化する場合に備えて、利下げの「のりしろ」を一定程度確保しておく、という日本銀行の計算もあるのではないか。

この先も利上げに難色を示す政府の姿勢は、日本銀行の金融政策、特に利上げ時期に影響を与えるだろう。その点も踏まえ、次回利上げ実施は、今年9月と現時点では見ておきたい。

今回の利上げは、実質金利がなお低く、政策金利は経済に対して中立的な水準を下回っているもと、政府の意向、為替など金融市場の動向などを踏まえつつ、緩やかかつ着実に利上げを進めていく、との日本銀行の今までの基本方針の下で行われたものと考えられる。

ただし、日本銀行自身が中立金利の水準がどこにあるのかは正確に把握できないなか、次回利上げでは、政策金利が中立水準に接近していく可能性への配慮を強めるのではないか。そのため、従来以上に足元の経済指標などを注視しながら、より慎重な利上げ姿勢を強めていくと考えられる。

その結果、この先は、利上げの間隔は長くなっていくことが予想される。筆者は、中立金利は1%弱と考えており、それを前提に0.75%がターミナルレートと考えている。ただし、1%までの引き上げの可能性は考えられるところであり、その場合、1%への利上げは来年半ば頃となるのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。