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米価高騰は物価を0.4%押し上げ、個人消費、GDPを年間0.2%押し下げる

コメの価格の高騰に歯止めがかからない。総務省が1月24日に発表した昨年12月の消費者物価統計で、コメ類の価格は前年同月比+64.6%と前月の同+63.6%を上回った(図表)。1年前の2023年12月の前年同月比は+5.9%であったが、1年間で価格上昇は急加速している。

コメ類の価格は12月の消費者物価全体を前年同月比で+0.40%も押し上げており、家計を強く圧迫している。このコメの価格の上昇は、実質個人消費を1年間で0.19%、実質GDPを1年間で0.21%程度低下させると試算できる(内閣府、短期日本経済計量モデルによる試算)。

これだけでも、コメの価格の急騰は日本経済に相応の打撃と言えるが、さらに、コメの価格上昇がせんべいなど加工食品の価格や外食の価格に転嫁されている影響を考慮に入れれば、その影響はさらに大きいはずだ。
 
図表 コメ価格の上昇率の推移

コメの価格急騰には様々な要因

コメの価格が急騰している背景には、様々な要因が指摘されている。2024年の異常気象(猛暑や台風など)によって収穫量が減少したこと、肥料や農機具などの農業資材の価格の上昇分が米価に反映されていること、ウクライナ戦争の影響で小麦の価格が上昇し、パンから米へ需要がシフトしたこと、などが考えられている。さらに、こうした要因によって価格が上昇したことを受けて、流通段階でコメを買い占め、価格高騰の恩恵を得ようとする投機的な動きが強まっていることが指摘されている。

価格高騰が顕著になった昨年夏には、次の新米が市場に出てくれば流通量が回復し、価格高騰も落ち着くとの見通しを政府は示していた。ところが実際には、その後も価格が加速度的に上昇を続けている。そこで政府は、政府備蓄米の放出を可能とする運用ルールの変更を検討している。

コメ買い占めなど投機的な動きを牽制

政府備蓄米は、災害や凶作などの緊急時に備えて国が保有しているコメだ。1993年の大凶作をきっかけに1995年から制度化された。放出については、農林水産省の審議会が民間在庫量や価格、消費動向を踏まえて決定する。適正な備蓄量は100万トン程度と定められており、近年は91万トン程度で推移している。5年間程度保有した後に、飼料用などで販売して一部を入れ替える。

政府備蓄米の運用は、食糧法に基づき、「米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針」に従って運用されている。現在は備蓄米を放出するケースとして「大凶作」や「連続する不作」が定められているが、流通不足を理由にした放出はできない。そこで、新たに「流通不足」でも販売できるように運用ルールを見直す。具体的には、流通が安定した後に、国が同じ量を買い戻すことを条件にして、JAやJA全農などの集荷業者に備蓄米を販売できるようにする。

実際に販売するかどうかは状況次第となるが、それを可能にすることで、コメの投機的な購入を牽制し、価格を安定化させることを目指す。31日に開催する食料・農業・農村政策審議会(農相の諮問機関)の食糧部会で諮問する。

政府の対応は後手に回ったか

政府備蓄米放出によって米価が急落すれば、生産業者はコスト上昇分を賄えなくなる恐れも出てくることから、生産者の利益にも十分に配慮して、慎重に放出の是非を決める必要がある。ただし、米価の高騰が続けば、消費者のコメ離れを引き起こし、長い目で見て生産者の利益が損なわれてしまう点も考慮する必要があるだろう。

現在のコメ価格急騰には、投機的な要因も影響しており、国民全体の利益を損ねていると言えるのではないか。政府は、昨年夏の段階で、このように政府備蓄米の販売ルールを緩和する措置を講じておくべきではなかったか。
 
(参考資料)
「政府、備蓄米放出に転換 価格高騰で指針改定」、2025年1月25日、日本経済新聞
「備蓄米放出へ新制度 政府 流通不足緩和向け準備」、2025年1月25日、静岡新聞
「備蓄米 放出可能に 不足感解消へ見直し」、2025年1月25日、日本農業新聞

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。