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ECBはさらなるインフレ率低下に自信

欧州中央銀行(ECB)は1月30日の理事会で、政策金利の0.25%の引き下げを決めた。利下げは4会合連続だ。その結果、中銀預金金利は2.75%となった。
 
1月24日には日本銀行が政策金利の引き上げを決め、1月29日には米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げを見送り、利下げ停止期間に入った。3主要中銀の政策がまちまちの局面、方向にある異例の状態だ。
 
ラガルド総裁は、0.5%幅の利下げは議論されなかったとし、0.25%の利下げは全会一致だと説明した。ECBが4会合連続の利下げを決めた背景には、インフレ率が目標に向かって着実に低下していくとの強い見通しと景気情勢の厳しさがある。ユーロ圏のインフレ率は現状、目標の2%をわずかに上回る水準で推移している。ECBは声明で、物価上昇率低下のプロセスは「順調に進んでいる」「賃金上昇は予想通りに緩やかになっている」とした。ラガルド総裁も、「インフレ率はわれわれの目標に持続的に到達していくと確信している」と述べている。
 
30日に発表された2024年10-12月期のユーロ圏域内GDP速報値は前期比横ばい、主要国のドイツとフランスはともにマイナス成長に陥った。ドイツ政府は29日に、内外の政治不安を理由に挙げて、2025年の成長率見通しを、従来の1.1%から0.3%に引き下げている。

トランプ政権の関税政策はECBの利下げ継続を後押しする要因に

トランプ政権による関税政策は、ユーロ圏経済の下方リスクをさらに高めることになる。ラガルド総裁は、「経済成長に対するリスクは依然として下向きに傾いている。世界的な貿易摩擦の増大が輸出の抑制と世界経済の弱体化につながり、ユーロ圏の経済成長が押し下げられる可能性がある」と述べた。
 
日本銀行は、トランプ政権の関税政策が、先行き、日本経済の下振れ要因、あるいは金融市場の不安定要因になるリスクを意識しつつも、24日に追加利上げを決めた。FRBは、トランプ政権の関税政策や移民政策が、物価上昇率を高めるリスクに配慮して、29日に利下げを見送った。
 
他方、トランプ政権の関税政策は、ユーロ圏経済の下振れリスクを高めるものである。これはECBが利下げを躊躇う要因ではなく、従来の利下げ継続を後押しする要因だ。この点から、トランプ政権の不確実性に影響を受けずに政策を決めることができたのは、ECBのみである。
 
今後の政策金利の引き下げについてラガルド総裁は、「どこで止まるかは時期尚早であるため議論していない」と説明し、利下げの継続を強く示唆した。年内に3~4回の利下げが実施される可能性が見込まれる。

ECBが中銀準備資産にビットコインを組み入れる可能性を強く否定

ラガルド総裁は記者会見で、ECBが中銀準備資産にビットコインを組み入れる可能性を問われた。そのきっかけとなったのは、ユーロ圏には加盟していないチェコで、中央銀行が30日の理事会で、保有資産の対象拡大を検討すると決めたことだ。ここでは、ビットコインを保有するとは明示されていないが、前日にチェコ中銀総裁は、ビットコインの購入計画を理事会で提案すると話していた。
 
こうした動きの背景には、トランプ政権の暗号資産支援策がある。トランプ大統領は1月23日に、「デジタル金融テクノロジーにおける米国のリーダーシップの強化」と題した新たな大統領令に署名し、米国のデジタル資産業界の成長を支援することを表明した。トランプ大統領はさらに、「国家デジタル資産備蓄の創設・維持の可能性の評価」を目的とする「デジタル資産市場に関する大統領作業部会」の設立を命じた。
 
トランプ大統領は、大統領選期間中から、「米国を暗号資産の首都にする」と述べていた。その影響から、各国、各国中央銀行の間で、ビットコインなど暗号資産の保有を検討する動きが広がっている。
 
ラガルド総裁は記者からの質問に対して、「政策理事会、一般理事会の間では、準備資産は流動性が高く、安全で確実なものでなければならず、マネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪行為の疑いに悩まされるべきではないという見解で一致している」「一般理事会に属するいかなる中央銀行の準備資産にもビットコインが組み入れられることはないと確信している」と、ECBが中銀準備資産にビットコインを組み入れる可能性を強く否定している。これは賢明な姿勢である。
 
(参考資料)
「ビットコイン、中銀購入論が波紋 チェコは決定持ち越し」、2025年1月31日、日本経済新聞電子版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。