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バイデン大統領が日本製鉄によるUSスチール買収計画の撤回を命じたことを受けて、1月に日本製鉄と米鉄鋼大手USスチールはバイデン大統領らに対して、買収禁止命令を無効とし、法的義務を満たす審査を改めて行うよう求める行政訴訟を起こした。2月3日にはその裁判が始まった。日本製鉄とUSスチールは、主張をまとめた準備書面をコロンビア特別区連邦控訴裁判所に共同で提出した。
 
準備書面は、バイデン氏の禁止命令は「政治的な動機によるもので、国家安全保障上の懸念が判断の理由ではない」と指摘し、「対米外国投資委員会(CFIUS)に見せかけの審査を行わせた」と主張している。
 
そのうえで、「買収は米国の国家安全保障を脅かすものではなく、むしろ強化するものだ」とし、買収によって日本製鉄はUSスチールに投資と技術供与を行うことで、「中国に対抗できる競争力を持った米国ナンバーワンの鉄鋼メーカーが誕生する」と訴えた。
 
今後、3月17日まで原告と被告の双方が書面で主張を行い、その後に口頭弁論が予定されている。
 
大統領就任後、トランプ大統領はこの買収計画についてまだ発言をしていないが、大統領選挙中は買収に強く反対する姿勢だった。トランプ大統領がバイデン前大統領の買収差し止め命令を撤回する大統領令に署名する可能性は低いだろう。
 
さらに、バイデン前大統領の不正な政治介入をあからさまに批判する日本製鉄側の主張を、米国の裁判所が受け入れる可能性もまた低いだろう。
 
米鉄鋼大手のクリーブランド・クリフス社が2023年7月にUSスチールの買収を提案し、全米鉄鋼労働組合(USW)が支持したという経緯がある。そして、2023年12月に日本製鉄がUSスチールの買収計画を発表すると、USWはそれを即座に反対した。その後、USWが大統領選でバイデン前大統領を支持することと引き換えに、バイデン前大統領が日本製鉄の買収計画に反対する約束がなされた、と日本製鉄は考えている。そして、クリーブランド・クリフス社がUSWと結託して、バイデン前大統領に買収阻止を働きかけたと考えている。
 
クリーブランド・クリフス社は再びUSスチールを買収する意向を示している。他方、米ファンドがUSスチールに対して訴訟の撤回を求めている。裁判と並行して、USスチールを巡る事態はなおも動いている。
 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。