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日本製鉄によるUSスチールの買収計画は撤回か

7日にワシントンで開かれた日米首脳会談で、最も予想外であったのは、日本製鉄によるUSスチールの買収問題について大きな動きがみられたことだ。
 
トランプ大統領は、日本製鉄が「(USスチールの)買収ではなく、多額の投資を行うことで合意した」と述べた。その詳細については明らかでないが、報道によれば石破首相は、「バイデン前政権時は買収だったが、トランプ政権では投資になる。前政権で解決できなかった問題が解決できる」と伝えたという。
 
トランプ大統領の「合意」とは、石破首相が提示した修正計画案をトランプ政権が受け入れたことを意味するのだろう。また、石破首相が示した修正案については、日本製鉄側と事前に調整したという。
 
トランプ大統領は「私たちはUSスチールがアメリカから去るのを見たくない」と述べたうえで、買収で所有権が日本製鉄に移るのは「心象がよくない」と指摘した。こうした発言から、トランプ大統領は、日本製鉄によるUSスチールの買収については、引き続き反対の姿勢とみられる。
 
そうであれば、石破首相が示した修正案とは、日本製鉄が買収計画を撤回したうえで、米国市場で独自に生産拡大に乗りだすものか、あるいは日本製鉄がUSスチールの一部の株式を取得し、資本関係を強化した上で、USスチールの経営改善にも資する投資を米国で拡大させるものか、と想像されるが、現時点では明らかではない。

トランプ政権に譲歩し過ぎか

いずれにせよ、その場合には、日本製鉄がUSスチールの買収計画を撤回し、さらにバイデン前大統領らへの提訴を取り下げることになるが、現時点で日本製鉄から何らコメントが出ていないことから、実情は明らかではない。
 
日本製鉄の買収について石破首相は今まで、バイデン前政権が米国の国家安全保障上のリスクを理由に買収計画の撤回を命じたことに、日本企業からの懸念が生じているとして、米国政府に詳細な説明を求める姿勢を示していた。今回提示した案は、この方針を修正するものだ。このまま、日本製鉄の買収計画が撤回され、バイデン前大統領らへの提訴も取り下げられる場合には、日本企業による米国企業の買収は今後も阻まれる恐れがあるとして、日本企業の米国での企業買収が委縮してしまう恐れもあるだろう。
 
そして、日本製鉄がUSスチールの買収を諦め、独自に米国投資を拡大させることを通じて米国市場でのシェア拡大を狙う場合、その道のりは厳しい。買収を通じてUSスチールの販路などを引き継ぐことができなければ、日本製鉄は、米国でのシェア拡大にいずれ成功するとしても、それにはかなりの時間を要することになるだろう。日本製鉄の国際戦略には大きな修正が迫られる。
 
今回の日本製鉄の投資拡大提案は、石破首相がトランプ大統領に約束した日本からの対米投資の1兆ドルへの拡大計画の一部とした形だが、石破政権はこの買収問題でトランプ政権にかなり譲歩した、あるいは譲歩し過ぎたように見える。それは、今後の日本企業の米国でのビジネスにとって、必ずしも利益になるとは言えないのではないか。
 
(参考資料)
「USスチール『投資』合意」、2025年2月9日、読売新聞

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。