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議長は「利下げを急ぐ必要はない」との表現を繰り返した

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は2月11日に、上院銀行委員会の公聴会で証言した。「経済活動は速いペースで拡大を続けた」と米国経済の堅調ぶりを強調したうえで、労働市場については「おおむね均衡が取れている」、とし、「顕著なインフレ圧力の要因にはなっていない」と説明した。他方、インフレ率は2%目標に近づいているが依然としてやや高いとしている。
 
このような経済環境への認識を踏まえて議長は、「政策スタンスによる景気抑制の度合いは以前より顕著に低下しており、経済は強さを維持している。そのため、政策スタンスの調整(利下げ)を急ぐ必要はない」と述べた。
 
まさに、利下げを急いでいないというFRBの政策姿勢を直接的に表現したものだが、これは、1月の前回米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見でパウエル議長が述べたことと全く同じである。FRBの政策姿勢が足もとで変化していないことを、金融市場は改めて確認した。
 
また議長は、緩和が速すぎればインフレリスクを高める一方、遅すぎれば経済、雇用環境を損ねるとし、金融緩和をバランスよく進めていく考えを示した。また、経済、物価の上振れリスクが高まる場合には、金融引き締めの状態をより長く維持するとしたが、政策金利の引き上げに転じる可能性を示唆するコメントは議長からはなかった。仮にそのような発言がなされれば、長期金利の大幅上昇、ドルの大幅上昇、株価の大幅下落など、金融市場は大きく動揺しただろうが、当然のことながら、金融市場の不安を不用意に掻き立てるような、そうした発言はなされなかったのである。
 
証言では、5年ぶり2回目となるFRBの金融政策の枠組み見直しを今年夏までに実施することを、パウエル議長は明らかにした。前回は、中期的に物価上昇率が目標値の2%を下回る状態が続く中で、物価目標の修正、インフレターゲティング政策の修正が議論の的となった。その後物価情勢は大きく変化したことから、今回は物価目標の見直しは議題にはならない。

トランプ政権の経済政策、FRBへの政治介入にも言及

証言後の質疑応答では、トランプ政権の関税政策についての質問が議員から出された。パウエル議長は「関税政策についてFRBはコメントする立場にない」と直接的な評価を避けたうえで、「どのような関税政策が実施されるか、どのような影響が及ぶかは現時点で不明」「新たな政策の意味を理解するよう努め、金融政策において適切な対応を取る」とした。
 
他方、「自由貿易を行っている国の方が、経済成長が速い、という以前の自身の発言を堅持する」「自由貿易の一般的根拠は依然として理にかなっている。ただ、ルールを守らない大国が一つあることで、それほどうまく機能しなくなる」と、トランプ政権の保護貿易主義を暗に批判するような発言もパウエル議長はしている。
 
トランプ大統領はパウエル議長を2026年5月の任期終了前に解任することを検討している、という憶測が根強くある。パウエル議長は、それを法律違反として受け入れない姿勢を示してきたが、今回の議会証言でも、「大統領がFRBのメンバーを解任することが法律上許可されないのは明らかだ」と改めて強調している。トランプ政権とFRBとの軋轢を浮き彫りにする異例の議会証言となった。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。