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年度内予算成立の目途は政治・経済情勢の安定に

103万円の壁解消を巡る与党と国民民主党との協議が平行線を辿るなか、高校授業料無償化については、与党と日本維新の会は合意に近づいている。与党は、日本維新の会の協力を得て、年度内に予算を成立させることができる目途が立ってきた。
 
昨年10月の衆院選挙で少数与党政権となった石破内閣は、年度内予算成立という、発足以来最大の難所を乗り越えつつある。予算の成立が阻まれ国会運営が行き詰まれば、解散総選挙の可能性もあるが、そのリスクは遠のいた。また、年度内に予算が成立しない事態となれば、経済活動にも支障が生じる可能性があるが、そうしたリスクも後退している。

私立高校の授業料完全無償化で意見に相違

国は現在、年収910万円未満の世帯の高校生に対して年間11万8,800円を上限に授業料を支援、私立高校の場合は年収590万円未満の世帯の高校生に、上限39万6,000円を支援している。
 
日本維新の会はこの授業料支援について、所得制限を公立、私立ともに撤廃し、さらに私立への支援金の上限を、大阪府で実施されている年間63万円まで引き上げることを主張してきた。
 
2月5日に与党が示した案は、年収910万円未満という所得制限を撤廃し、公立、私立問わずにすべての世帯に年間11万8,800円を上限に給付するものだった(コラム「自公が高校授業料無償化案を日本維新の会に提示:政治的駆け引きではない実のある議論を」、2025年2月6日)。
 
この措置により、学費が安い公立では実質無償化が実現されることになるが、学費が高い私立では、無償化の実現にはならない。また私立高校の完全無償化へ向けた追加支援については、与党は2026年度の実施を目指して協議を継続する意向を示した。この案に対して日本維新の会は、2025年度から私立も含めた無償化を実現させることを求めた。

与党と日本維新の会がともに歩み寄り合意成立に近づく

今回、両者が合意に近づいているのは、「2025年度から公立・私立ともに年収910万円の所得制限を撤廃する。2026年度からは私立向けの支援金を現行の年間最大39万6,000円から私立高授業料の全国平均額である45万7,000円を基準額とする水準に引き上げる」というものだ。2025年度と2026年度の2段階で高校授業料無償化を実現させることになる。
 
与党は、私立への支援額を日本維新の会の要求を受け入れ、さらに引き上げる方向で譲歩した。他方、日本維新の会は、私立支援の63万円までの引き上げを諦め、また、引き上げ実施を2025年度ではなく2026年度とすることで与党側に歩み寄った。
 
日本維新の会が当初示していた案では、必要財源は約6,000億円と試算された。他方、この案では、教育無償化関連で約5,000億円、専門高校の施設整備費なども合わせて約5,500億円程度に上るとされる。
 
年収910万円の所得制限撤廃によって、2025年度政府予算案には、1,000億円~2,000億円の修正が必要になる。

財源確保、教育サービスへの影響、高校選択の歪み、所得制限などに課題を残す

ただし、この財源確保にはなお不透明な部分がある。先行き財源確保がしっかりなされない場合には、他の教育関連費が削減され、教育の質低下につながる恐れがある。また、新規国債発行で賄われ、財政環境を一段と悪化させる可能性もある。
 
また、公立高校と私立高校とでサービスの質に差がある場合に、公的支援によって授業料を無償化すると、高校選択に歪みが生じる可能性も考えられる。私立も含め、高校授業料無償化を実現した大阪では、サービスが充実している私立高校がより選択され、公立高校が敬遠される傾向が生じた、との指摘もある。
 
さらに、高校授業料の公的支援の最大の狙いが、親の所得水準によって子供が受ける教育に格差を生じさせない、ということであれば、所得水準が高い家庭への支援は必要ないことから、所得制限は残しても良かったのではないか。
 
本来であれば、このような多くの課題、問題点をしっかりと検討したうえで、高校授業料無償化策をまとめるべきだった。実際には、年度内予算成立の期限が迫る中、政治的な駆け引きの中で拙速に決まりつつあるよう見える。
 
(参考資料)
「高校無償化、私立「45.7万円」引き上げ明記…自公維の合意で予算案の年度内成立に公算」、2025年2月20日、読売新聞速報ニュース
「自公維、予算案修正へ 大筋合意 高校無償化、私立「45.7万円ベース」」、2025年2月20日、日本経済新聞
「自公維、高校無償化合意へ 予算成立の公算大」、2025年2月20日、朝日新聞 
「私立支援、上げ幅で譲歩 高校無償化 恒久財源の確保課題 「予算と引き換え」疑問の声」、2025年2月20日、日本経済新聞

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。