&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

トランプ政権は支援額を大きく上回るレアアースの提供をウクライナに要求

トランプ米大統領は2月10日のインタビューで、ウクライナに対する支援の見返りに5,000億ドル分のレアアース(希土類)を要求し、ウクライナ側もこれに同意した、と説明した。

実際、ウクライナのゼレンスキー大統領も、この取引に前向きの姿勢を示している。米国の武器支援なしでは戦争継続に大きな支障が生じることから、ウクライナとしても米国の要求を受け入れざるを得ない状況だ。また、ゼレンスキー大統領は、ウクライナ支援に否定的なトランプ政権が発足した後に、この取引を行うことを準備していた、との見方もある。

5,000億ドル分のレアアース提供が、今までの米国によるウクライナ支援の代償なのか、それとも今後の支援継続の条件なのかは明らかでないが、おそらく両方なのだろう。ただし、それはウクライナにとってはかなり高い代償とも言える。

英紙テレグラフによると、バイデン前政権下で、議会が承認した5回のウクライナ支援金額の合計は1,750億ドルであり、うち700億ドルは米国内での武器生産に使用されたという。米国政府の支援額は、5,000億ドルよりもかなり小さく、ウクライナにとっては割の合わない取引という面もある。

ウクライナの重要資源埋蔵量は12兆ドル相当とも

トランプ政権は「再建投資基金」協定をウクライナに提案したとされるが、そこに、レアアース(希土類)をはじめとする鉱物資源だけでなく石油・ガス資源や港湾などインフラに関する内容も含まれているようだ。

ウクライナの重要資源埋蔵量は12兆ドル相当と推定され、石炭などの天然資源すべてを含めると26兆ドルとの見方もある。

ウクライナには航空宇宙産業や国防産業で使用される軽量で高強度のチタンや、電気自動車(EV)のバッテリーに使われるリチウムなど重要な鉱物や金属が多く眠っている。イットリウム、ランタン、セリウム、ネオジムなどのレアアースも確認されている。

トランプ政権がウクライナの鉱物資源の確保に動く背景には、中国への対抗もあるだろう。中国は世界のレアアース採掘能力の70%、加工能力の90%を支配しているとされる。

ただし、ウクライナでのレアアースは、過去数十年は生産されておらず、さらに、鉱物資源の20%程度はロシアの掌握地域にあるとゼレンスキー大統領は説明している。開発には数年から数十年などかなりの時間がかかり、また供給網の確立にはさらに投資と時間が必要になるなど、収益化に向けた障害も大きい。

ウクライナは米国による安全保障の提供を望む

2月12日にウクライナを訪問したベッセント米財務長官が、ゼレンスキー大統領と会談を行った。その際に、ウクライナが将来的に自国の鉱物資源権益の5割を米国に与えることを柱とする鉱物資源に関する協定をベッセント米財務長官は提示した。しかし、15日にゼレンスキー大統領はこの協定への署名を見送ったと発表した。ウクライナが期待していた米国による安全保障の提供に関する条項が協約に盛り込まれていなかったことが、その最大の理由とみられる。

ゼレンスキー大統領は、米国からの軍事支援の継続と、ロシアとの停戦合意後には、ウクライナの安全保障の確保を目指し、ウクライナの宝である鉱物資源をできるだけ高く米国に売ろうとしているのである。

(参考資料)
「「レアアース」と軍事支援...米国・ウクライナの危うい取引」、2025年2月17日、 ニューズウィーク日本版
「ウクライナ停戦交渉の代償...ゼレンスキー「とっておき」5000億ドル分のレアアースは平和をもたらすか」、2025年2月13日、ニューズウィーク日本版
「ウクライナ終戦問題、トランプ氏を駆り立てる中国の影」、2025年2月18日、日本経済新聞電子版
「ウクライナ、レアアース供与交渉難航 米軍事援助に暗雲」、2025年2月17日、日本経済新聞電子版

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。