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1月24日の金融政策決定会合で日本銀行が政策金利引き上げを決めて以降、追加利上げへの観測が強まり、金融市場ではドル安円高傾向と長期国債金利の上昇傾向が顕著となっていた。

長期国債金利の上昇に対して、日本銀行からそれをけん制する発言が出されないことで、日本銀行は利回り上昇を容認しているとの見方も生じ、それが金利上昇傾向を後押ししてきた面もある。10年国債金利は20日には15年3か月ぶりの水準にまで高まり、1.5%も視野に入っていた。

こうした市場の動きを受けて、2月21日に、いよいよ長期金利上昇をけん制する発言が植田総裁から出された。21日の衆院予算委員会で植田総裁は、長期金利上昇の背景に関しては、「基本的に経済物価に対する市場の見方が少しずつ好転していることが原因」とし、「長期金利は市場において形成されることが基本となる」と説明した。

他方で、「長期金利が急激に上昇するような例外的な状況では、機動的に国債買い入れの増額を実施する」、「注意深く市場の状況を見守り、判断する」と話した。国債買い入れ増額の可能性を示唆することで、長期金利上昇をけん制することを狙った発言と考えられる。

この発言を受けて、10年国債金利は前日の1.45%程度から一時1.3%台半ば程度まで大きく低下した。一方的な長期金利上昇には、歯止めが掛かったと考えられるのではないか。

さらに植田総裁は、「物価見通しがさらに改善していけば、金利をまた引き上げることも視野に入ってくる」ものの、金融政策がもたらす副作用について「今後、金融政策をさらに正常化していく中で追加的に発生してくるものもあるかもしれない」と述べ、追加利上げした場合には予期しがたい影響が出てくる可能性もあるため、注意深く影響をみていきたいと話した点も注目される。これは早期利上げ観測の高まりをけん制した発言の可能性もあるのではないか。

足もとの金融市場での日本銀行の追加利上げ観測の高まりは、行き過ぎていた感が強い。経済、物価環境は従来と変わらない。21日に発表された1月全国消費者物価(CPI)でコアCPIは前年同月比3.2%と前月の同+3.0%から上昇し、事前予想を上回った。しかし、より基調的な物価を示す食料(除く酒類)・エネルギーを除くCPIは、前年同月比+1.5%と前月の同+1.6%を下回り、着実に低下している。また、賃金上昇を伴う持続的な物価上昇の実現の観点から日本銀行が注目するサービス価格は、1月に前年同月比+1.4%と前月の同+1.6%から予想以上に下振れしており、基調的な物価上昇率は明らかに低下傾向を示している。これは、追加利上げを慎重にさせる要因だ。

また日本がトランプ関税の対象となる可能性が出てきたことで、先行きの景気の下振れリスクはむしろ高まってきている。さらに、政府は利上げに慎重な基本姿勢を維持しているものと推察され、日本銀行が追加利上げを従来よりも積極化させていると考える根拠は乏しい。

今回の総裁発言をきっかけに、行き過ぎた日本銀行の追加利上げ期待は後退し、投機的な動きを伴う一方的な長期金利上昇には歯止めが掛かってくるものと期待したい。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。