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中道右派野党が勝利し極右政党が躍進

2月23日に行われたドイツの総選挙では、事前予想通りに最大野党で中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が勝利を収めた。与党の社会民主党(SPD)は第3党に後退する。SPDのショルツ連立政権は、予算協議の破談を受けて2024年11月に解散総選挙を決めた。任期途中の解散総選挙はドイツでは異例で、シュレーダー政権下の2005年以来、20年ぶりのことになる。
 
公共放送ZDFの出口調査によると、CDU・CSUの得票率は約29%で首位、極右政党のドイツのための選択肢(AfD)は約21%で第2党、ショルツ首相のSPDは約17%で第3党、ショルツ政権の第2与党である緑の党は約12%で第4党となる見込みだ。
 
選挙では2年連続でマイナス成長となったドイツ経済の立て直しと移民対策の2つが大きな争点となった。勝利を収めたCDUのフリードリヒ・メルツ党首は、ショルツ政権の環境規制を見直して、減税やエネルギー価格引き下げによる産業再生を公約にした。また移民対策でも、不法入国者の締め出しなど強硬策を打ち出した。
 
こうした政策姿勢は、メルケル元党首のもとで行われたCDUの政策を軌道修正するものでもある。メルケル政権は2011年に、福島第一原発事故を受けて「脱原発」を決めたが、メルツ氏はこれを見直し、小型原子炉の研究を進めて原発の復活を視野に入れている。また、メルツ氏は、メルケル政権の下での寛容な移民政策を大きく見直す。メルツ氏が率いるCDUの勝利は、欧州での最近の保守化、右傾化の流れを反映したものだ。
 
さらに、移民排斥を訴える極右政党のAfDが、前回2021年の選挙からほぼ2倍へと大きく得票率を伸ばしたことも、極右政党の躍進という欧州での最近の潮流を反映したものだ。AfDの躍進は、最近の難民や亡命希望者による犯罪、コストがかかる環境対策への国民の不満、経済環境悪化などを背景にしたものと考えられる。
 
連立交渉を通じて早期に、CDU・CSUとSPDの連立政権が成立し、首相はCDUのメルツ氏に移るとみられる。メルツ氏はAfDとの連立を強く否定している。

トランプ政権への対応が最大の課題に

大国のドイツとフランスでいずれも与党が過半数議席を失うなど、最近の欧州政治は不安定化していたが、メルツ氏がドイツで安定した政権運営を回復し、欧州がリーダーシップを取り戻せるかどうかが注目される。
 
欧州は現在、強い経済的・地政学的な逆風に直面している。トランプ米大統領は、欧州に追加関税を課すとの脅しをかけている。また、トランプ大統領は、欧州、ウクライナの頭越しに、ロシアとウクライナ戦争の停戦協議を進めている。欧州諸国は、ロシア寄りの停戦合意が結ばれ、欧州の安全保障のリスクが高まることを強く警戒している。
 
さらにメルツ氏にとっては、トランプ政権がドイツあるいは欧州の政治に介入することも大きな懸念材料だ。今回の選挙では、トランプ大統領に近いイーロン・マスク氏が、ドイツの有権者にAfDへの投票を呼びかけていた。またトランプ政権は、総選挙で勝利した政党がAfDを連立パートナーとして迎え入れることを望む考えを示唆している。今後の連立交渉にトランプ政権が関与してくることも、メルツ氏は警戒しているだろう。
 
CDU・CSUの勝利は、ドイツおよび欧州の国民の間に広がる保守化、右傾化傾向を反映したものであるが、CDU・CSUがより国民の支持を得て、ドイツおよび欧州でリーダーシップを発揮できるかが注目される。さらにそのリーダーシップに基づき、トランプ政権に対峙して、欧州政治への介入を阻止できるかが、メルツ氏の大きな課題となっている。
 
(参考資料)
“Conservative Friedrich Merz Is Poised to Win German Election(ドイツ総選挙、最大野党が勝利確実)”,Wall Street Journal, February 24, 2025
「ドイツ総選挙勝利のメルツCDU党首 「メルケル氏に負けた男」が念願の首相就任なるか」、2025年2月24日、産経新聞速報ニュース
「ドイツ総選挙、ショルツ与党が大敗 極右AfDが第2党に」、2025年2月24日、日本経済新聞電子版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。