&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

米国の分断を一層煽る演説に

トランプ大統領は日本時間の3月5日に、議会で施政方針演説を行った。演説は1時間39分に及び、過去最長となった。テーマは「アメリカンドリームの再生」で、「米国の黄金時代(golden age)」を取り戻すといった言葉が散りばめられ、国民の愛国心を掻き立てるような内容の演説となった。

大統領演説では、バイデン前大統領や出席している民主党議員への批判や揶揄が多くなされ、あたかも大統領選挙戦が続いているかのような印象を与えるものだった。そこには、米国の分断を乗り越えて融和、協調を取り戻そう、との意図は全く感じられない。

上下両院ともに共和党が過半数の議席を制していることから、トランプ大統領は共和党議員の協力を得て、減税策などの法案可決を目指すとみられる。しかし、一部の法案では共和党議員も反対に回る可能性が十分にあることから、民主党議員との対決姿勢を一層強めると、先行き、議会運営が行き詰まる可能性もあるのではないか。また、2026年の中間選挙で、共和党が両院での過半数を維持できなければ、多くの法案の可決が難しくなる事態もあり得るだろう。

演説は、「米国第一主義」を反映して、国内経済問題、移民問題に多くの時間が割かれた。この点も、大統領選挙中の演説やTV討論会などと共通している。経済分野については、物価高はバイデン前政権の失策によって生じたとし、バイデン前政権が破壊した経済を自身が引き継いだとしている。トランプ大統領は、バイデン前政権が卵の価格を制御不能にしたとも述べている。

インフレはバイデンのせいにする戦略は長くは続けられない

他方でトランプ大統領自身は、インフレとの闘いを進めているとし、大統領就任直後に国家エネルギー緊急事態宣言を出して、エネルギー価格抑制に向けた原発再開、アラスカの天然ガス掘削、金の液体とも言える石油の米国内での産出拡大(掘って掘って掘りまくれ!)を進める考えを改めて強調した。

ただし、米国内では、関税による物価高を懸念する声が強まっている。実際、関税による物価高が顕在化してくれば、物価安定に向けたトランプ政権への国民の期待は失望に変わるだろう。物価高などの経済問題を全てバイデン前政権のせいにする戦略は、長くは続けられないのである。

4月2日に相互関税を導入:日本は名指しされず

その関税策について、トランプ政権は予定通りに3月4日にメキシコ、カナダに25%の一律関税、中国に10%の追加関税を導入した。他方、メキシコとカナダに対する25%の一律関税についてラトニック米商務長官は、トランプ大統領が5日にも軽減策、救済策を発表するとした。4日に発動したばかりの追加関税を「一時停止することはない」と述べつつも、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)のルールを守っている企業に対しては、軽減策、救済策を講じることを検討しているとした。

施政方針演説での関税に関するトランプ大統領の発言で最も注目されたのは、米国製品に高い関税を課す国からの輸入品に同じ関税率を課す「相互関税」を、4月2日に発動させると明言したことだ。相互関税については、今まで発動時期は未定としていた。他方でトランプ大統領は先月、4月2日に自動車関税を発動すると説明していたが、それと同じ日に発動となるようだ。自動車関税は相互関税の一環として行われる可能性も考えられる。

トランプ大統領は、米国は長年、すべての国から奪われてきたとし、貿易相手国の不公正さを強調した。そのうえで、米国からの製品に不当に高い関税をかけている国として「EU、ブラジル、カナダ、メキシコ、インド、中国、韓国」を名指しした。これらの国々は、相互関税の対象となる可能性が高い。

他方で、日本がその中に入っていなかった点が注目される。それが、日本が自動車関税、相互関税の対象から外れる可能性を示唆しているのかどうかは、現時点では分からない。

減税、規制緩和、政府の無駄の削減

他の国内経済問題については、トランプ大統領は減税について、「みんなが望んでいる」として、議会に協力を求めた。さらに、イーロン・マスク氏が政府効率化省(DOGE)で進める規制緩和や政府の無駄の削減を改めて支持した。

政府の無駄な支出の削減は、バイデン前政権が進めた多様性・公平性・包括性(DEI)に関わる政策や高額所得者からの徴税強化などの政策をターゲットにしている。政策転換と無駄な支出の削減とが一体となっている。さらに、社会保障給付の不正受給の取り締まりも打ち出された。

経済問題以外で、トランプ大統領は移民政策で再びバイデン前政権の対応を厳しく批判した。これも、大統領選挙時と同様だ。

また、安全保障上重要であるとして、グリーンランドを購入することや、パナマ運河への影響力を取り戻す考えも示された。グリーンランドについては、「いずれにせよ、手に入れることになると確信している」と述べ、パナマ運河の管理権については、「奪還の取り組みを始めている」とした。

米国第一主義を色濃く表した演説

演説の多くの時間は、こうした国内問題に割かれ、国際問題への言及は限られた。ガザ地区の問題については、停戦合意を実現させた自身の成果をアピールするとともに、イスラエルの人質をすべて取り戻す考えを示した。

ウクライナ問題については、戦闘停止を最優先する考えを示した。先日、ウクライナのゼレンスキー大統領と対立したことにトランプ大統領は直接触れなかったが、ゼレンスキー大統領からは和平交渉を進めること、米国との間で鉱物資源の合意を結ぶ用意があることを記した書簡が届いたことを演説の中で明らかにした。

今回の演説からも、米国が国際協調路線を大幅に後退させ、米国の経済的利益を最優先に考える「米国第一主義」に大きく舵を切ったことが強く印象付けられた。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。