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10年国債金利は1.5%超え

3月6日の東京市場で、10年国債金利は1.5%を超えて上昇した。これは、2009年6月以来のことである。
 
年明け以降、国内長期金利は上昇基調をより鮮明にしている。1月24日の日本銀行の追加利上げ実施以降、日本銀行が利上げに前向きとの見方が市場で強まったことが背景にある。日本銀行が比較的早期に追加利上げに踏み切るとの見方が強まってきたことに加え、政策金利の最終到達点、いわゆるターミナルレートの目線が従来の1%程度から1%半ばに向かって引上げられてきている。つまり政策金利の引き上げについて、「より早くより高く」と、見通しの修正が進んできたことが、長期金利上昇の背景だ。
 
注目されていた3月5日の日本銀行の内田副総裁の講演会での発言は、従来とは異なり、金融市場に影響を与えないように慎重に準備された印象が強かった。利上げの頻度など具体的なペースに関して内田副総裁は、「先行きの経済・物価・金融情勢次第」と述べるにとどめ、また想定する利上げの到達点については、「今の段階では分からない」と慎重な言い回しに終始した。また、トランプ関税の国内の経済・物価への影響に関しては、「全体として評価した上で、見通しをもう1回作って判断していく」と、かなり慎重な姿勢を見せた。「毎回(の金融政策決定会合で)利上げしていくペースではない」と、早期の利上げ観測をけん制するような発言も聞かれた。

日本銀行は長期金利の上昇を警戒している

他方で、長期金利は「金融市場において自由に形成されることが基本」との内田副総裁の発言が、足元の長期金利の上昇を容認していると受け止められた面はあっただろう。
 
日本銀行は、市場機能が発揮される中で、ファンダメンタルズに沿って長期金利が上昇することは好ましいと考えるだろうが、急速な上昇は望んでいないと考えられる。それは、金融機関が保有する国債の含み損を拡大させ、金融システムの安定性を損ねること、急速な円高を生じさせる可能性があること、その影響も含め、長期金利上昇の国内経済への悪影響が懸念されること、さらに、金利上昇を警戒する政府から、日本銀行の利上げを牽制する介入を受けるリスクを高めること、等の理由からである。

軍事費増大懸念からドイツの長期金利は歴史的な大幅上昇

ただし、3月6日に国内の10年国債金利が1.5%を超えたのは、日本銀行の利上げ観測が一段と高まったことよりも、ドイツの長期金利が歴史的な上昇を見せたことによる影響が大きい。
 
ドイツでは、先日の総選挙で第一党となったドイツキリスト教民主同盟(CDU)のメルツ氏が次期首相に就任することが確実視されている。そのメルツ氏が、防衛力強化のために財政拡張姿勢を見せたことが、財政環境悪化の懸念を生じさせ、ドイツの長期金利を急騰させたのである。
 
5日のドイツの10年物国債金利は0.3%ポイント上昇し、2.80%と2023年11月以来の水準となった。1日の上昇幅としては、ベルリンの壁崩壊後にドイツ再統一への準備が進められていた1990年3月以来となる歴史的な大幅上昇だった。
 
メルツ氏は、大規模な財政改革の一環として5,000億ユーロ(約80兆円)の特別基金を設立すると発表した。また、防衛費としてGDPの1%以上を支出する場合には、憲法上の借り入れ制限(債務ブレーキ)の対象外とすることも提案している。メルツ氏は、国を守るために「あらゆる手段を講じる」と強調した。

トランプ政権発足でドイツが財政規律を重視する姿勢を修正

伝統的に財政規律を重視する傾向が非常に強いドイツが、このように財政拡張路線に転換するきっかけとなったのは、トランプ米政権の発足だ。トランプ大統領は、ウクライナへの軍事支援の一時停止を決めており、欧州各国が従来以上にウクライナへの軍事支援を強化する必要が生じている。また、トランプ政権がNATO諸国に防衛費の増額を求めていること、ロシアの脅威が高まっていることから、欧州諸国は自衛のためにも軍事費の拡大を進める方向となっている。
 
欧州地域での軍事費拡大は、短期的な景気浮揚効果への期待を高め、さらに欧州中央銀行(ECB)の利下げ観測を弱めることも通じて、長期金利の上昇を生じさせている。
 
日本の長期金利は、従来、米国の長期金利と強い連動を見せていたが、今年1月以降は、米国の長期金利が低下傾向を見せる中で、日本の長期金利は日本銀行の利上げ観測の高まりから上昇を続けるなど、米国離れを見せていた。そして足もとでは、ドイツの長期金利上昇の影響を大きく受けるようになった。

米国の緊縮財政や関税による景気悪化懸念も日本の金利に影響

しかし、欧州の軍事費拡大が日本を含めて世界の長期金利を持続的に押し上げることになるかは不透明だ。欧州地域で軍事費拡大を進めることは、その分、欧州地域での米国の軍事負担を低下させることになる。またトランプ政権は、軍事費も含め連邦歳出の抑制を進め、財政均衡を目指す姿勢である。欧州地域の財政拡張政策が世界の長期金利に与える影響は、こうした米国の緊縮財政策によって相殺されることも考えられるところだ。
 
さらに米国では1-3月期の実質GDPがマイナスに陥る見通しが出ているなど、トランプ関税の影響で景気悪化懸念が燻ぶっており、長期金利は一段と低下する可能性がある。そして、米国景気の変調やトランプ関税の国内経済への悪影響は、日本銀行の追加利上げを慎重にさせる要因である。
 
また注目したいのは、日本の物価連動債から計算される10年の予想物価上昇率は1.6%程度であり、10年国債金利の1.5%超はほぼその水準まで上昇してきたことを意味する。その結果、10年の実質金利(名目金利-予想物価上昇率)はほぼゼロとなっている。実質長期金利が、国内景気に悪影響を生じさせる領域に入ってきた可能性も考えられる状況となった。
 
このような内外の情勢に照らせば、1.5%を超えた10年金利の水準は持続的ではなく、やや長い目で見れば行き過ぎの状態にあると見ておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。