春闘賃上げ率は5.2%~5.3%と予想
3月12日に春闘は集中回答日を迎える。これに先立ち連合は、3月3日時点での2939の労働組合の賃上げ要求の平均が、6.09%になったことを公表した。春闘の賃上げ要求が6%を超えるのは、1993年以来32年ぶりであり、昨年の賃上げ要求の5.85%を0.2%強上回っている。これから推測される賃上げ妥結率(定期昇給を含む)は、昨年の5.1%をやや上回る5.2%~5.3%と予想される。
後に見るように、春闘の賃上げ率は、今年の経済、物価の見通しに大きな影響を与えないと考える。昨年は、春闘での高い賃上げ率を主な要因の一つにして、日本銀行は3月にマイナス金利政策の解除に踏み切ったが、今年の春闘の結果は、日本銀行の追加利上げの直接的な理由にされることはないだろう。
後に見るように、春闘の賃上げ率は、今年の経済、物価の見通しに大きな影響を与えないと考える。昨年は、春闘での高い賃上げ率を主な要因の一つにして、日本銀行は3月にマイナス金利政策の解除に踏み切ったが、今年の春闘の結果は、日本銀行の追加利上げの直接的な理由にされることはないだろう。
賃上げ率は高水準ながらも加速感を欠く
今年の春闘での賃上げ率は高水準が維持される見通しであるが、加速感は失われる点は注目すべきだ。おととしの賃上げ率(定期昇給を含む)は3.6%、ベアは1.9%だったのに対して、昨年の賃上げ率(同)は5.1%、ベアは3.6%と急速に上昇率を高めた。これと比較すると、今年の賃上げ率は昨年並みであり、加速感は失われることが見込まれる。
昨年の春闘での賃上げ率で、ベアは3.6%であったが、ここに含まれない中小・零細企業のベアはもっと低かった。そのため、ベアに対応する毎月勤労統計の所定内賃金上昇率は、最新の2024年12月で前年同月比+2.6%とベアの水準を1%程度下回っている。所定内賃金上昇率は、企業にとっての人件費の平均増加率、消費者にとっての一人当たりの平均所得増加率に概ね対応する重要な指標である。
昨年の春闘での賃上げ率で、ベアは3.6%であったが、ここに含まれない中小・零細企業のベアはもっと低かった。そのため、ベアに対応する毎月勤労統計の所定内賃金上昇率は、最新の2024年12月で前年同月比+2.6%とベアの水準を1%程度下回っている。所定内賃金上昇率は、企業にとっての人件費の平均増加率、消費者にとっての一人当たりの平均所得増加率に概ね対応する重要な指標である。
実質賃金上昇率はゼロ近傍での動きが続くか
連合は、大企業の賃上げ率目標を5%以上と昨年と同水準に据え置く一方、中小企業の賃上げ率目標を6%以上と高めに設定し、格差の縮小に重点を置いた賃金交渉を今年は目指している。しかし実際には、生産性上昇率が低い中小・零細企業の賃上げ率は、大企業に大きく劣後する状況は今年も続きそうだ。
そのため、春闘での賃上げ妥結率(定期昇給を含む)が5.2%~5.3%、ベアが3.7%~3.8%とすれば、所定内賃金上昇率の落ち着きどころは3%弱だろう。これに対して、実質賃金上昇率の算出に用いられる消費者物価(持ち家の帰属家賃を除く総合)は、2024年の平均で3.2%だった。物価環境の大きな変化がなければ、今年も賃金上昇率と物価上昇率が概ね並び、実質賃金上昇率は前年比でゼロ近傍での推移となるだろう。
そのため、春闘での賃上げ妥結率(定期昇給を含む)が5.2%~5.3%、ベアが3.7%~3.8%とすれば、所定内賃金上昇率の落ち着きどころは3%弱だろう。これに対して、実質賃金上昇率の算出に用いられる消費者物価(持ち家の帰属家賃を除く総合)は、2024年の平均で3.2%だった。物価環境の大きな変化がなければ、今年も賃金上昇率と物価上昇率が概ね並び、実質賃金上昇率は前年比でゼロ近傍での推移となるだろう。
組合の賃上げ要求は控えめとも言える
しかし、実質賃金上昇率は前年比で、ゼロ近傍で推移するということは、ほぼ横ばいでの推移を意味する。これでは、個人消費の追い風とはならないのではないか。年間平均値で計算すると、2022年から2024年にかけて、実質賃金は累積で3.8%も低下している。実質賃金が下げ止まっても、こうした低い水準で安定するのであれば、個人消費は低迷が続くのではないか。
海外でのエネルギー・食料品価格の高騰や円安によって急速に高まった物価高騰に対して、賃金の上昇は遅れ、実質賃金は大幅に低下した。それ以前の状態を取り戻すためには、労働組合は昨年をさらに大きく上回る賃上げ率を要求して正常化を目指してもおかしくないところだが、実際にはそうはなっていない。
海外でのエネルギー・食料品価格の高騰や円安によって急速に高まった物価高騰に対して、賃金の上昇は遅れ、実質賃金は大幅に低下した。それ以前の状態を取り戻すためには、労働組合は昨年をさらに大きく上回る賃上げ率を要求して正常化を目指してもおかしくないところだが、実際にはそうはなっていない。
賃上げよりも物価の安定が重要
今年の春闘でも賃上げのモメンタムは強いとされるが、以上のような点を踏まえると、実際には、組合の賃上げ要求は控えめとも言える。その背景には、トランプ関税などによって日本経済が先行き大きく悪化するリスクがあるからではないか。大幅な賃上げを行った後に経済環境が急速に悪化すれば、雇用が失われるリスクがより高くなるためだ。
賃金上昇率が大幅に高まることで、実質賃金の水準が回復することが期待できないのであれば、物価上昇率を下げることで実質賃金上昇率を高めることが、個人消費回復を助けることになるだろう。
この点から、政府が行うべきなのは、さらなる賃上げを求めることよりも、高騰するコメの価格の安定や金融政策の正常化の助けも得て、物価高騰の大きな原因である過度な円安の修正に努めることではないか。
賃金上昇率が大幅に高まることで、実質賃金の水準が回復することが期待できないのであれば、物価上昇率を下げることで実質賃金上昇率を高めることが、個人消費回復を助けることになるだろう。
この点から、政府が行うべきなのは、さらなる賃上げを求めることよりも、高騰するコメの価格の安定や金融政策の正常化の助けも得て、物価高騰の大きな原因である過度な円安の修正に努めることではないか。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。