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政府効率化省(DOGE)を担うイーロン・マスク氏は、トランプ政権発足以来、急速に連邦政府職員の削減、政府の歳出削減を進めてきた。その強引なやり方に、政府内からも批判が生じていたが、今までイーロン・マスク氏に自由な行動を認めてきたトランプ大統領が、ついに仲裁に乗り出す事態となった。
 
トランプ大統領は6日、歳出・人員削減に関する臨時で非公開の会議を開いた。その内容を米紙ニューヨーク・タイムズが後に報じている。それによると、会議では、マスク氏が人員削減を強引に進めているとして閣僚らの不満が噴出したという。特に激しく対立したのは、マスク氏とルビオ国務長官だった。両者の間ではしばらく口論が続いたが、その後にトランプ大統領は「ルビオ氏は素晴らしい仕事をしている」とルビオ国務長官側をかばった。国務長官は外国訪問などで多忙であり、皆が協力し合う必要があると促したという。今まではマスク氏に非常に甘い印象があったトランプ大統領であるが、閣僚の間で広がるマスク氏への強い反発を受けて、閣僚らに味方する姿勢をとらざるを得なくなったのではないか。
 
会議後にトランプ大統領は自身のSNSへの投稿で「DOGEはすばらしい成功を収めてきたが、(職員のうち)誰を残し、誰を切るかは、閣僚らが非常に的確に把握できる」と指摘し、マスク氏の権限は各省庁への勧告にとどまるとの認識を示し、マスク氏の行動に一定の制約をかけた。
 
連邦職員の削減や無駄な歳出削減は、トランプ大統領自身が強く望んでいることであるから、今後も進められるとみられる。しかし、マスク氏による強引なやり方には一定程度歯止めが掛かる可能性があるだろう。
 
トランプ大統領は、自主退職を煽って大幅に職員を削減する局面は終わらせ、能力のある職員とそうでない職員とを選別する局面に入ってきたと考えているだろう。トランプ大統領がSNSで、今後の人員削減は「斧(おの)ではなくメスを使う」としたのは、そうした考えを反映したものだろう。
 
政権発足前から十分に予想されていたことではあるが、人員削減、政府予算の削減、規制緩和のみならず、外交にも口を出すマスク氏の存在は、政権内で軋轢を生む存在となっている。さらに、今後は、強烈な個性を持つトランプ大統領とマスク氏が仲たがいし、マスク氏が政権を去る可能性もあるのではないか。そうなれば、トランプ大統領が掲げる行政改革の推進力は低下するだろう。それは、短期的には経済にとってプラス要因である。
 
(参考資料)
「トランプ米大統領:トランプ米大統領 頭越しマスク氏に「待った」 「歳出・人員削減権は閣僚にある」」、2025年3月7日、毎日新聞
「マスク氏と閣僚衝突 人員削減でルビオ氏ら口論 トランプ氏が仲裁「彼の権限は勧告のみ」米報道」、2025年3月9日、日本経済新聞 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。