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サービス価格上昇率の低下に注目

3月12日に米労働省が発表した2月の米CPIは、事前予想を下回った。関税発動が物価に与える影響が表れるのはこれからであるが、金融市場は、関税がもたらす一時的な物価上昇よりも、それによる経済活動への悪影響により関心を集めるようになってきている。
 
2月CPIは、総合で前月比+0.2%、前年同月比+2.8%と、事前予想のそれぞれ同+0.3%、同+2.9%を下回った。前月比上昇率は3か月連続で加速し、1月は同+0.5%にまで達していた。食品とエネルギーを除いたコアCPIは、前月比+0.2%、前年同月比+3.1%と、事前予想のそれぞれ同+0.3%、同+3.2%を下回った。
 
2月4日には、中国に対する一律10%の関税が発動されており、その影響はこの2月分の統計に一部反映され始めている可能性がある。しかしその影響が出やすいとみられる家具、玩具、テレビなどの製品価格には大きな変化は見られず、安定ないしは下落を続けている。
 
総合CPIの前月比上昇の約半分は住居費によるものだが、それも前月の前月比+0.4%から2月は同+0.3%へと上昇率が低下している。エネルギー関連財、新車、交通サービスの価格が前月比でマイナスになっている。
 
2月のエネルギー関連を除くサービス価格が前月比+0.3%と1月の同+0.5%から大きく下振れた点が注目される。サービス価格の上昇率の低下傾向が今後も続くのであれば、仮に関税によって一時的に財の価格が上昇しても、基調的な物価上昇率の低下傾向は揺らがない可能性が高まるためだ。

FRBの利下げ再開観測が徐々に強まる

連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、先日の講演で「利下げを急がない」と明言した。これも踏まえ、3月18日-19日の連邦公開市場委員会(FOMC)では政策金利の据え置きが広く予想されている。ただしパウエル議長発言には、利下げを求めるトランプ大統領への反発も込められているのではないか。
 
一方で、関税発動による経済への悪影響について「過渡的」と意に介さないトランプ大統領が、今後も関税策の拡大を進めるとの観測が、金融市場の景況感を一段と悪化させている。そのもとで、関税による一時的な物価上昇を踏まえても、FRBが景気の悪化を回避するために政策金利引き下げの再開に早晩動く、との見方が広がっている。一時は、金融市場が予想する年内の利下げ確率は1回程度となっていたが、現時点では、年内に3回以上の利下げが実施される確率が6割以上織り込まれている状況だ。
 
当初、トランプ政権の関税などの経済政策は、過去数年にわたる「米国経済一人勝ち」の構図を一段と強めるとの観測から、大統領選挙以降はドル高傾向が強まっていた。しかし足元では、関税がもたらす米国経済への悪影響がより懸念される状況となっている。


他方、欧州では防衛とインフラへの支出拡大の動きが、景況感の改善につながっている。また中国では、景気対策実施による景気下支え効果の期待も生じている。そうした中、「米国経済一人勝ち」への期待はむしろ後退し、それがドル安を生じさせている。トランプトレードは完全に逆転している。
 
世界全体で金融緩和期待が強まる中、日本銀行は引き続き政策金利の引き上げを進めており、また、仮に景気悪化を受けて金融緩和に転じるとしても政策金利引き下げの余地は小さい。そうした日本の円に対して、ドル安は最も進みやすいだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。