2006年「量的緩和策」解除後1年との比較:政策金利はともに0.5%
日本銀行がマイナス金利政策を解除し、金融政策の正常化に着手した2024年3月19日から間もなく1年となる。この間、日本銀行は2024年7月と2025年1月に追加の政策金利引き上げを実施し、また2024年7月には保有国債の削減、つまり量的引き締め(QT)を始めるなど、金融政策の正常化を着実に進めてきた。
この1年の金融政策正常化の歩みを、2006年の「量的緩和」解除以降の正常化過程と比較してみよう。
日本銀行は2001年3月19日に導入した「量的緩和策」を、経済環境の改善を受けて5年後の2006年3月9日に解除した。この際に実施したのは、政策金利の引き上げではなく、操作目標を日銀当座預金という「量」から無担保コールレート翌日物という「金利」に変更することで「量的緩和策」を終わらせ、さらに日銀当座預金の残高の削減を始めることだった。
基本的には「量」と「金利」は一体で決まるものであり、日銀当座預金への付利を行っていなかった当時は、超過準備があるもとでは無担保コールレート翌日物を引き上げることができなかった。従って、金融政策の正常化は、まず日銀当座預金の超過準備を解消してから、無担保コールレート翌日物の誘導目標である、政策金利を引き上げる、という順番で行われた。
当時、「量的緩和策」で日本銀行が買い入れたのは、短期の国債と手形が中心であった。それらは短期間で償還を迎えることから、新規の買い入れを停止して、償還、期落ちを容認するだけで、約4か月という短期間で超過準備は解消できた。
こうして「量」の正常化プロセスが終わると、日本銀行は「金利」の正常化に着手した。2006年7月に政策金利を0%から0.25%へ引き上げ、2007年2月にはさらに0.5%に引き上げた。
しかし、2008年9月にリーマンショック(グローバル金融危機)が生じると、日本銀行はその直後の10月に、政策金利を0.3%に引き下げる金融緩和の実施に追い込まれたのである。
この1年の金融政策正常化の歩みを、2006年の「量的緩和」解除以降の正常化過程と比較してみよう。
日本銀行は2001年3月19日に導入した「量的緩和策」を、経済環境の改善を受けて5年後の2006年3月9日に解除した。この際に実施したのは、政策金利の引き上げではなく、操作目標を日銀当座預金という「量」から無担保コールレート翌日物という「金利」に変更することで「量的緩和策」を終わらせ、さらに日銀当座預金の残高の削減を始めることだった。
基本的には「量」と「金利」は一体で決まるものであり、日銀当座預金への付利を行っていなかった当時は、超過準備があるもとでは無担保コールレート翌日物を引き上げることができなかった。従って、金融政策の正常化は、まず日銀当座預金の超過準備を解消してから、無担保コールレート翌日物の誘導目標である、政策金利を引き上げる、という順番で行われた。
当時、「量的緩和策」で日本銀行が買い入れたのは、短期の国債と手形が中心であった。それらは短期間で償還を迎えることから、新規の買い入れを停止して、償還、期落ちを容認するだけで、約4か月という短期間で超過準備は解消できた。
こうして「量」の正常化プロセスが終わると、日本銀行は「金利」の正常化に着手した。2006年7月に政策金利を0%から0.25%へ引き上げ、2007年2月にはさらに0.5%に引き上げた。
しかし、2008年9月にリーマンショック(グローバル金融危機)が生じると、日本銀行はその直後の10月に、政策金利を0.3%に引き下げる金融緩和の実施に追い込まれたのである。
バランスシートの正常化にはかなりの長期間を要す
次回の3月18・19日の金融政策決定会合で政策金利の引き上げはないと予想するが、その前提の下で、金融政策正常化から1年の時点で、政策金利の引き上げ回数は前回が2回に対して今回は3回、政策金利の水準はともに0.5%となる。概ね同程度のペースで政策金利引き上げが進められたことになる。
ところが、バランスシートの正常化については、前回と大きな違いがある。日本銀行は2024年7月に保有国債残高の削減を始めたが、2026年1-3月期までの減少幅は、わずか7~8%程度にとどまる。保有国債の大半が削減され、超過準備が解消される目途は全く立っていないのである。
これは、2013年の「量的・質的金融緩和」に始まる今回の異例の金融緩和では、日本銀行が買い入れた国債は償還期間が長いものが中心であったため、償還を待っているだけでは、なかなか保有残高は減らない。
政策金利で見れば、前回の「量的緩和策」と同じようなペースで順調に正常化が進んでいるように見えるが、バランスシート、つまり「量」の正常化では格段に遅れており、完了までには途方もない時間を要する。この点に、今回の金融政策正常化の最大の難しさがあるだろう。国債だけでなく、日本銀行が買い入れたETFの処理も難しい問題だ。
ところが、バランスシートの正常化については、前回と大きな違いがある。日本銀行は2024年7月に保有国債残高の削減を始めたが、2026年1-3月期までの減少幅は、わずか7~8%程度にとどまる。保有国債の大半が削減され、超過準備が解消される目途は全く立っていないのである。
これは、2013年の「量的・質的金融緩和」に始まる今回の異例の金融緩和では、日本銀行が買い入れた国債は償還期間が長いものが中心であったため、償還を待っているだけでは、なかなか保有残高は減らない。
政策金利で見れば、前回の「量的緩和策」と同じようなペースで順調に正常化が進んでいるように見えるが、バランスシート、つまり「量」の正常化では格段に遅れており、完了までには途方もない時間を要する。この点に、今回の金融政策正常化の最大の難しさがあるだろう。国債だけでなく、日本銀行が買い入れたETFの処理も難しい問題だ。
市場との対話に課題
過去1年間を振り返ると、国民や市場との対話にはなお課題を残している。金融政策決定会合後の総裁記者会見で示される金融政策姿勢は、会合毎に大きく振れた印象がある。
2024年8月の株価暴落直後には、総裁と副総裁との間で意見の違いも表面化した。また、1月24日の前回の追加利上げの直前には、総裁と副総裁が唐突に、金融市場に利上げを織り込ませる「地均し」を行った。その結果、日本銀行が追加利上げに前向きとの観測が過度に強まったと考えられ、足元まで長期金利の急速な上昇が続いている。
2024年8月の株価暴落直後には、総裁と副総裁との間で意見の違いも表面化した。また、1月24日の前回の追加利上げの直前には、総裁と副総裁が唐突に、金融市場に利上げを織り込ませる「地均し」を行った。その結果、日本銀行が追加利上げに前向きとの観測が過度に強まったと考えられ、足元まで長期金利の急速な上昇が続いている。
2%の物価目標を巡る対話にも課題
消費者物価上昇率は過去3年程度の間、一貫して2%の物価目標を超えている。しかし日本銀行は、消費者物価の基調的な上昇率はまだ2%に達していないとして、政策金利の引き上げを進めながらも金融緩和状態は維持する、と説明している。
「実際の物価上昇率が2%を上回り続ける中で、なぜ2%の物価目標がまだ達成されていないのかよく分からない」、と考える人も少なくないだろう。また、そうした日本銀行の政策姿勢が物価上昇率を一段と高め、生活を圧迫することを懸念する人もいるだろう。
日本銀行は、実際の物価上昇率が2%に達するだけでなく、消費者物価の基調的な上昇率が2%に達し、さらにその状態が中長期的に維持される見通しとなって、初めて物価目標が達成されたと考える。その際、中長期の予想物価上昇率から現時点での消費者物価の基調的な上昇率を判断していると考えられる。
日本銀行が、中長期の予想物価上昇率を図る指標の一つとして重視しているとみられるのが、物価連動国債から計算される金融市場の予想物価上昇だ。10年の予想物価上昇率は、2021年以降は上昇トレンドを辿り、現在は1.7%程度だ。
しかし、こうした金融市場の予想物価上昇は実際の物価動向を後追いして動く傾向が強い。流通段階での投機的な動きでコメの価格が高騰し、天候要因で生鮮野菜の価格が高騰し、また円安による輸入物価上昇で食料やエネルギー価格が上昇して、それらが個人消費に打撃を与えている。
このような「悪い物価上昇」であっても、金融市場の予想物価上昇率は上昇し、それを受けて日本銀行は2%の物価目標達成に近づいていると判断して、追加利上げを進めるのである。そして金融市場も現在のように、追加利上げ観測を強めることになる。
しかし、「悪い物価上昇」を受けて日本銀行が追加利上げに前向きになることは、国民の先行きの景気への不安を増幅するものとなってしまっているのではないか。
このように、今回の金融政策の正常化プロセスでは、日本銀行と金融市場、あるいは国民との間での意思疎通がうまくいっていない印象があることは否めない。
「実際の物価上昇率が2%を上回り続ける中で、なぜ2%の物価目標がまだ達成されていないのかよく分からない」、と考える人も少なくないだろう。また、そうした日本銀行の政策姿勢が物価上昇率を一段と高め、生活を圧迫することを懸念する人もいるだろう。
日本銀行は、実際の物価上昇率が2%に達するだけでなく、消費者物価の基調的な上昇率が2%に達し、さらにその状態が中長期的に維持される見通しとなって、初めて物価目標が達成されたと考える。その際、中長期の予想物価上昇率から現時点での消費者物価の基調的な上昇率を判断していると考えられる。
日本銀行が、中長期の予想物価上昇率を図る指標の一つとして重視しているとみられるのが、物価連動国債から計算される金融市場の予想物価上昇だ。10年の予想物価上昇率は、2021年以降は上昇トレンドを辿り、現在は1.7%程度だ。
しかし、こうした金融市場の予想物価上昇は実際の物価動向を後追いして動く傾向が強い。流通段階での投機的な動きでコメの価格が高騰し、天候要因で生鮮野菜の価格が高騰し、また円安による輸入物価上昇で食料やエネルギー価格が上昇して、それらが個人消費に打撃を与えている。
このような「悪い物価上昇」であっても、金融市場の予想物価上昇率は上昇し、それを受けて日本銀行は2%の物価目標達成に近づいていると判断して、追加利上げを進めるのである。そして金融市場も現在のように、追加利上げ観測を強めることになる。
しかし、「悪い物価上昇」を受けて日本銀行が追加利上げに前向きになることは、国民の先行きの景気への不安を増幅するものとなってしまっているのではないか。
このように、今回の金融政策の正常化プロセスでは、日本銀行と金融市場、あるいは国民との間での意思疎通がうまくいっていない印象があることは否めない。
金融緩和の弊害で市場機能は低下していないか:円滑な正常化の妨げにも
1月24日の追加利上げ以降、10年国債金利など長期金利はほぼ一本調子で上昇を続けている。年初来の日本株の下落や米国での長期金利低下といったファンダメンタルズの変化を全く無視したかのようなこうした動きは、異例に映る。
10年の予想物価上昇率が1.7%程度にまで達する中、金融市場は政策金利のターミナルレートの目線を、従来の1%程度から1%台半ば程度へと引き上げてきているように見える。
しかし、消費を悪化させるような「悪い物価上昇」は持続性を欠き、10年の予想物価上昇率も将来的には下がってくることが予想される。この点から、1%台半ば程度までの政策金利引き上げ観測や、それに基づく長期金利の上昇は行き過ぎている可能性があるのではないか。
ファンダメンタルズを無視したかのような一方的な長期金利上昇の背景には、日本銀行が長期にわたって大量の国債を買い入れたことやイールドカーブ・コントロールという異例の政策を実施したことによって、債券市場の流動性が低下するなど、市場機能が低下したことの影響があることを考えておく必要があるのではないか。国債の価格が1日のうちで大幅に変動するといったタイプのボラティリティの高さではないものの、一定期間内で見た価格変動幅は大きく、ボラティリティは従来と比べてかなり高まっている。
日本銀行は昨年7月に国債保有残高の削減を始めたが、民間の金融機関は、その分を上手く吸収できていない面があるように思われる。民間の金融機関は、日本銀行の異例の緩和のもとで、長らく国債の保有残高を大幅に減らし続け、またセカンダリーマーケットでの国債の取引もあまり行ってこなかった。それこそが、市場機能の低下を生んだ可能性があるだろう。それは、異例の金融緩和がもたらす大きな弊害の一つだ。
異例の金融緩和が生じさせた市場機能の低下が、ファンダメンタルズを無視したかのような、一方的な長期金利上昇の原因の一つであるとした場合、日本銀行は市場との対話を一層強化しつつ、慎重に正常化を進めていくことが求められるだろう。
既に見たように、日本銀行が発行残高の半分以上を保有していた国債の残高を削減するにはかなりの時間がかかることを踏まえても、日本の国債市場の正常化の道のりはまだ長いと言える。
10年の予想物価上昇率が1.7%程度にまで達する中、金融市場は政策金利のターミナルレートの目線を、従来の1%程度から1%台半ば程度へと引き上げてきているように見える。
しかし、消費を悪化させるような「悪い物価上昇」は持続性を欠き、10年の予想物価上昇率も将来的には下がってくることが予想される。この点から、1%台半ば程度までの政策金利引き上げ観測や、それに基づく長期金利の上昇は行き過ぎている可能性があるのではないか。
ファンダメンタルズを無視したかのような一方的な長期金利上昇の背景には、日本銀行が長期にわたって大量の国債を買い入れたことやイールドカーブ・コントロールという異例の政策を実施したことによって、債券市場の流動性が低下するなど、市場機能が低下したことの影響があることを考えておく必要があるのではないか。国債の価格が1日のうちで大幅に変動するといったタイプのボラティリティの高さではないものの、一定期間内で見た価格変動幅は大きく、ボラティリティは従来と比べてかなり高まっている。
日本銀行は昨年7月に国債保有残高の削減を始めたが、民間の金融機関は、その分を上手く吸収できていない面があるように思われる。民間の金融機関は、日本銀行の異例の緩和のもとで、長らく国債の保有残高を大幅に減らし続け、またセカンダリーマーケットでの国債の取引もあまり行ってこなかった。それこそが、市場機能の低下を生んだ可能性があるだろう。それは、異例の金融緩和がもたらす大きな弊害の一つだ。
異例の金融緩和が生じさせた市場機能の低下が、ファンダメンタルズを無視したかのような、一方的な長期金利上昇の原因の一つであるとした場合、日本銀行は市場との対話を一層強化しつつ、慎重に正常化を進めていくことが求められるだろう。
既に見たように、日本銀行が発行残高の半分以上を保有していた国債の残高を削減するにはかなりの時間がかかることを踏まえても、日本の国債市場の正常化の道のりはまだ長いと言える。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。