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トランプ関税の影響で景気下振れ、物価上振れ;先行きの政策見通しは変わらず

米連邦準備制度理事会(FRB)は、3月18・19日に開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を4.25%~4.50%に据え置いた。これは事前予想通りの結果だ。
 
日本銀行など他の中央銀行と同様に、トランプ政権の関税策の行方と、それが経済、物価に与える影響が、FRBが現在最も注目しているイベントだ。FRBのパウエル議長はFOMC後の記者会見で、不確実性が「異常なほど高まっている」と指摘した上で、「われわれは行動を急ぐつもりはない」と述べた。また、「極めて不確実性が高い状況の中では、あえて何も動かさず現状維持するという選択肢もある」と説明している。
 
トランプ政権発足後の関税策を反映して、FOMCの参加者(19人)は、景気、物価見通しを修正した。今回示された経済見通し(SEP)では、2025年の成長率見通しの中央値は昨年12月の+2.1%から+1.7%へと顕著に下方修正された。他方で、物価(PCE)見通しは+2.5%から+2.7%に上方修正された。パウエル議長は、「成長率が低下する一方でインフレ率が上昇しているため、その二つが相殺しているという側面がある」と説明している。
 
その説明通り、SEPでは、2025年末のFF金利の見通しが3.9%、2026年については3.4%と前回12月と同水準となった。これは、2025年に0.25%の政策金利引き下げが2回、2026年にも0.25%の政策金利引き下げが2回実施される、という予想を意味している。
 
個々の予測のうち、上下3つを削除した予測の中心レンジで見ると、2025年のFF金利の見通しは、前回の3.6%~4.1%から3.9%~4.4%へと上方修正され、FOMCの政策姿勢はややタカ派に振れた。しかしこの点は、あまり注目を集めていない。

金融市場は金融緩和期待を強める

FOMCを受けて、19日の米国市場ではドル安円高が進んだ。1ドル150円程度で推移していたドル円レートは、米国市場の終了時には1ドル148円台半ば程度までドル安円高が進み、さらにその後、20日のアジア市場でもドル安円高の流れが続いた。背景には、市場がFRBの利下げ観測をやや強めたことがあるだろう。それが、長期金利の低下と株価上昇ももたらしている。
 
FOMCの声明文やパウエル議長の発言は、先行きの金融政策について明確な材料を与えるものではなかった。その中で金融市場が政策金利の引き下げ観測をやや強めたのは、今回のFOMCで、バランスシートの縮小ペースを4月から大幅に減速させる方針が示されたことが影響しているとみられる。4月から国債の月間償還上限額は、250億ドルから50億ドルに大幅に減らされる。パウエル議長は、この修正は、財政環境と金融市場の環境を踏まえて判断したものであり、金融政策には影響しないと説明したが、金融市場は事実上の緩和策とも受け止めたようだ。
 
金融市場は年内0.5%~0.75%の政策金利引き下げと、FOMCの見通しを幾分上回る利下げ幅を予想している。また、6月のFOMCでの政策金利引き下げ再開がコンセンサスとなってきており、その確率はFOMC前の6割弱から、FOMC後には6割強へとやや上昇した。
 
パウエル議長は、不確実性が非常に高い中、動かないことを積極的に選択していることを強調しているが、足もとの企業、個人の景況感の予想外の下振れなどを受けて、金融市場は政策金利引き下げ再開への期待を強めている。
 
そのもとでは、ドル安円高が進みやすい環境が続くだろう。このような金融市場の状況は、19日に政策金利の据え置きを決めた日本銀行の追加利上げを一定程度制約するだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。