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台湾は2027年の中国軍の侵攻を想定した演習を実施

台湾の防衛省に当たる台湾国防部は、4年ぶりに防衛戦略を見直し、国会に当たる立法院で3月19日に公表した。中国は、軍用機や海警局などを利用した、実際の武力攻撃には至らない「グレーゾーン」の行動や軍事演習を台湾周辺で繰り返している。これは台湾軍をかく乱させ、疲弊させる目的で行っている、と防衛戦略では分析されている。一方で、中国軍が演習と見せかけて実際の侵攻作戦に移行する可能性があることにも警鐘を鳴らす。
 
また、中国軍は宇宙やサイバーなど多様な領域から台湾軍の混乱を試みると指摘し、台湾軍は「即時の戦闘準備や素早い動員」などで「敵の計画を挫折させる」と、強調している。
 
台湾軍は3月17日から5日間、中国による攻撃への対応を想定した「即時戦闘準備演習」を、台湾各地で行った。
 
米国では2027年に中国が台湾に侵攻する態勢を整えるとの分析があることも踏まえ、台湾の顧立雄国防部長(国防相)は19日に、2025年7月に実施する定例の大規模な軍事演習「漢光」では、中国人民解放軍による2027年の侵攻を想定する、と説明した。演習「漢光」は4月に軍事シミュレーションをして、7月に戦闘機や戦車も投入する訓練を行う。
 
また防衛戦略では、台湾軍と民間企業が協力して無人機などの研究開発を進める方針も示された。機動性が高く分散できる武器で中国軍を食い止める「非対称戦」を展開することを想定し、その能力を高める必要性を掲げた。さらに、一般市民も動員して重要インフラなどを保護することも掲げている。

グレーゾーン行動の拡大で台湾を消耗させ戦う意欲を削ぐ狙いか

ウォールストリート・ジャーナル紙によると、中国は過去5年間、台湾に対するグレーゾーン行動を続けている。ほぼ毎日のように、中国軍機が台湾本島に向かって飛行し、中間線(台湾海峡を二分する非公式の境界線)を越えている。ほんの数年前には、そのような越境が数回あっただけでも大きなニュースになっていたが、いまや日常茶飯事となっている。
 
中国軍機は2021年に、台湾の事実上の防空識別圏(ADIZ)に972回侵入したが、2024年には3,000回を超えたという。それは、台湾の防衛体制に負担をかけ、台湾指導部に圧力をかけている。
 
2022年8月に、中国がナンシー・ペロシ米下院議長(当時)の台湾訪問に抗議して大規模な軍事演習を行った際には、その月に中国機は台湾のADIZに446回侵入した。
 
中国の侵入飛行は回数、頻度、範囲ともに拡大を続けている。数年前には、中国軍機の飛行は台湾の南西部に集中していたが、2023年には台湾本島全周、さらに東側にまで拡大した。
 
中国は航空機以外にも様々な手段で台湾に揺さぶりをかけている。それには、軍艦や海警局船、調査船、漁船団、ドローン(無人機)などが含まれる。また中国は昨年、数10機の高高度気球を台湾本島の近くや上空に飛ばした。
 
また中国は、陸海空軍に加えてロケット軍のミサイル部隊を動員して大規模な演習を行うという挑発行動も確立した。2年半の間に大規模演習を5回実施し、台湾封鎖のシミュレーションを行ったという。
 
もはや日常となっているこうした台湾周辺での中国軍の示威行動は、台湾政府を消耗させて、戦う意欲を削ぐ狙いがあるとされる。

人民解放軍の汚職問題が台湾への軍事行動を制約するか

米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)は、中国は軍隊ではなく、海警局などの法執行機関を使って、検疫制度を利用して台湾への航空・海上交通を制限し、商業の流れに対する管理を強化する戦略をとる可能性がある、と指摘する。大規模な軍事演習からそうした戦略に移行していく可能性もあるという。
 
中国がグレーゾーンで台湾に揺さぶりをかけ、また心理戦で消耗させることを狙う一方、軍事行動に踏み切ることには慎重、との見方がある背景には、中国軍の事情も影響している。それは、人民解放軍の汚職問題だ。
 
2024年12月に軍が開いた重要会合には最高位階級の上将4人が姿を見せず、汚職の疑惑が大きく浮上した。幹部の交代や解任は軍の指揮命令系統に響く。
 
ウォールストリート・ジャーナル紙によると、20人を超える人民解放軍の上級将校や防衛業界幹部がこの1年半の間に調査対象となったり、公職から解任されたりしたという。また、他にも多くの将校や業界幹部がここ数カ月の間に粛清された可能性があるとされる。
 
最近の汚職摘発の多くは軍需産業に絡んでいる。特に目立つのは、人民解放軍のロケット軍関係者だという。同軍は核兵器から対艦ミサイルまで膨大な兵器を管理し、2015年と比べて規模は約2倍になっている。それに必要な多額の予算は、汚職につながりやすい。
 
汚職対策、粛清の結果、人民解放軍の軍事技術への政府支出が減らされ、軍事力が低下する可能性が考えられる。そして、汚職問題が落ち着くまで、最低でも1年程度は、中国が台湾に対して本格的な軍事行動をとる可能性は低下した、との見方もある。
 
(参考資料)
“China Is Waging a ‘Gray Zone’ Campaign to Cement Power. Here’s How It Looks(中国、「グレーゾーン」拡大作戦で係争地の支配着々)”, Wall Street Journal, March 14, 2025
各種データからアジア全域で中国の戦術が明らかに強化されていることが判明
「台湾軍、即応力強化へ=中国にらみ防衛戦略見直し」、2025年3月19日、時事通信ニュース
「習氏「新質戦闘力で強軍建設」 絶えぬ汚職・癒着に不安-習政権の自信と焦り(4)」、2025年3月20日、日本経済新聞電子版
「台湾、7月に大規模演習 「中国軍の27年侵攻想定」」、2025年3月19日、日本経済新聞電子版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。