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「食料インフレ」、「悪い物価上昇」が続く

総務省が28日に発表した3月東京都区部消費者物価指数で、生鮮食品を除いたコアCPIは前年同月比+2.4%と、2月の同+2.2%から上昇率を高めた。事前予想の平均は+2.2%だった。また総合指数は3月に前年同月比+2.9%と、2月の+2.8%を上回った。事前予想の平均は+2.7%だった。
 
国内では食料品価格の高騰が続いており、「食料インフレ」の様相を呈している。それは、個人消費に大きな打撃となっており、消費の強さを反映した持続的な物価上昇率の高まりである、「良い物価上昇」とは異なる「悪い物価上昇」の傾向が顕著だ。
 
3月の生鮮食品は前年同月比+12.9%と2桁の上昇を続けており、CPI全体の前年同月比上昇率を0.6%押し上げている。生鮮食品を除く食料品の価格は、3月に前月比+0.8%、前年同月比+5.6%上昇した。これは、CPI総合の前年同月比を+1.28%ポイント押し上げている。その中で、コメ類の価格は前年同月比+89.6%と2月の同+77.5%からさらに上昇率を高め、1971年以降で最も高くなった。

賃金・物価の好循環の実現はなお見えない

3月は変動の激しい食料、エネルギー以外の基調的な物価上昇率も上振れた。食料(除く酒類)及びエネルギーを除く総合は、3月に前年同月比+1.1%と2月の同+0.8%から予想外に上昇率を高めた。
 
また、日本銀行が賃金と物価の好循環実現の観点から注目するサービス価格の上昇率は、今まで安定した状況が続いてきたが、3月には前年同月比+0.8%と2月の同+0.6%から上昇率を高めた。
 
昨年末から年明けにかけての円安進行の影響が、遅れて基調的な物価を押し上げている可能性も考えられるが、まだ1か月の動きであり即断はできない。
 
さらに、3月のサービス価格を押し上げた要因の一つが外食である。外食は前月比+0.7%、前年同月比+5.3%上昇し、サービス価格の前年同月比を2月と比べて0.02%ポイント押し上げた。外食サービスの価格上昇率の高まりは、食料品価格の上昇によるところが大きく、賃金上昇分が転嫁されたものとは言えないだろう。
 
この点から、賃金上昇がサービス価格に転嫁されることを起点とする、賃金・物価の好循環の実現は依然として見通せない。

トランプ関税による不確実性が大きな論点に:金融政策は現時点では様子見か

一方、28日には、3月18・19日に日本銀行が開いた金融政策決定会合での各委員の発言を示した「主な意見」が公表された。全体的には、日本銀行が4月30日、5月1日の次回会合で追加利上げに動くことを示す明確なメッセージは感じられなかった。
 
金融政策についての委員らの意見で、最大の焦点となったのは、トランプ関税に伴う不確実性だった。これについては、日本経済への下方リスクを高めるため、利上げを急ぐべきではない、という慎重意見と、不確実性を理由に利上げを先送りすべきではないという積極意見とが並立になっている。審議委員の間では、今後の金融政策を巡って意見は割れている。
 
ところで、主な意見での記述の順番に注目したい。主な意見は、各委員が提出したコメントの中から、総裁が順番を決めて並べていく。実際は事務方が決めるのだろうが、冒頭では総裁、副総裁のコメントが示されることが多く、これは執行部の意見である。
 
その次に、よりコンセンサスに近いと考えられる順番で、コメントが配置されると考えられる。利上げに積極的な意見よりも慎重な意見が先に示されたということは、その方が委員会内でのコンセンサスにより近く、また執行部の考えにより近いということではないか。この点を踏まえると、日本銀行の金融政策は、現時点では様子見の状況にあると見ておきたい。

トランプ関税と「食料インフレ」による個人消費の悪化への注視が求められる

今後の金融政策決定の論点の一つとなるのは、前半で述べた「食料インフレ」への対応だ。植田総裁は、足元の生鮮食品、コメなどの食料品価格の上昇は一時的であり、今後は落ち着いていくとの見方を示している。一方、それがインフレ期待全体を高める場合には、「利上げで対応することも考えなければならない」としている。しかしこれは、「悪い物価上昇」に利上げで対応するという、リスクの大きい考え方ではないか。
 
行き過ぎた円安が「悪い物価上昇」を生じさせ、個人消費の安定を損ねている一因である。異例の金融緩和の弊害の一つであるこの行き過ぎた円安の修正を促す観点からも、日本銀行は金融政策の正常化を進めていくべきだろう。
 
しかし、政策金利の引き上げは、トランプ関税の行方とそれが金融市場に与える悪影響、米国経済の下方リスク、国内では「食料インフレ」による個人消費の悪化などに十分注意を払いながら、慎重に進めていくべきだ。これらは直ぐに見極めがつくものではない。4月2日に予定されている相互関税が予想の範囲内であれば、日本銀行が早期の利上げの意思を固める、ということにはならないだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。