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トランプ政権は相互関税を発動へ

トランプ政権は米国時間4月2日午後3時に、相互関税を正式に発表する予定だ。トランプ大統領は、「相互関税は私たちの国に莫大な富をもたらす。アメリカは外国から搾取され続けてきたが、(相互関税によって)アメリカは解放される」と述べている。
 
トランプ米大統領が相次いで打ち出す関税策は、第2次世界大戦後に米国が主導して築き上げてきた世界の自由貿易体制を、自ら破壊してしまうリスクを抱えている。トランプ政権が広範囲な国に関税を発動しているだけでなく、それに対して主要な国・地域は報復関税や貿易規制措置で対抗する動きを見せており、保護主義的傾向がにわかに世界に強まってきた。
 
世界貿易機関(WTO)、その前身の関税貿易一般協定(GATT)は、1930年代に広がった保護主義が再び拡大することを封じ込める狙いがあった。しかし最近では、WTOは貿易の紛争を仲裁し、貿易の自由化を促進する役割をほぼ失っている。そうした機能低下を促したのは米国自身である。
 
欧州連合(EU)は、トランプ政権による鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税への対抗策として、最大260億ユーロ相当の米国からの輸入品に報復関税を課す計画を発表している。4月2日に、米国のバーボンやジーンズ、二輪車など、第1次トランプ政権時に決定した米国製品への報復関税を復活させた。さらに4月中旬までには、第2弾として鉄鋼・アルミ製品などの工業製品、鶏肉、牛肉、野菜などの農産物を対象とする報復関税を発動させる。カナダも、4月2日の相互関税発表以降に、米国への報復措置の実施を検討している。

米国の平均関税率が世界恐慌直後の約20%まで上昇する可能性も

こうした一連の動きは、米国で世界恐慌直後の1930年に施行された「スムート・ホーリー関税法」以来の大規模かつ広範な保護主義的活動の高まりと言えるだろう。米国の農業や製造業を外国との競争から守るスムート・ホーリー関税法が1930年に施行され、米国の輸入関税を大幅に引き上げる道を開いた。他の経済国は自国の経済を守るために関税の引き上げなどの措置でこれに対抗した。それが世界貿易の縮小、世界経済の悪化をもたらしたばかりでなく、第2次世界大戦の遠因になったともされる。
 
スムート・ホーリー関税法が適用された直後の1933年の米国の平均関税率は19.8%だった。米国の平均関税率は2023年で2.6%であるが、現在のペースでトランプ政権が関税措置を拡大していけば、米国の平均関税率は1933年の19.8%に接近していき、上回る可能性も出てくるだろう。ちなみに、1901年には平均関税率は28.8%だった。
 
仮に米国の平均関税率がスムート・ホーリー関税法適用時の水準まで引き上げられないとしても、米国のGDPに占める輸入の割合が現在約14%と1930年当時の約3倍であることから、関税が適用される米国経済の規模は、早晩当時を上回ることになると、経済史が専門の米ダートマス大学のダグラス・アーウィン教授は指摘する。

第1次トランプ政権以降に貿易規制の動きが広がる

トランプ関税やそれへの報復措置以外でも、貿易規制の動きは広がっている。その対象は主に中国である。2月には韓国とベトナムが、中国から輸入する鉄鋼製品に対して、不当な値引き競争を理由に厳しいペナルティを課した。メキシコも、中国製の化学物資とビニールシートに対する反ダンピング(不当廉売)調査を開始した。インドネシアは中国などから輸入する包装用ナイロンフィルムに新たな関税を課す準備をしている。
 
ロシアでは、国内新車販売の半分以上が中国車となっている。2022年のウクライナ侵攻前にはその比率は1割にも満たなかった。そこでロシア政府は、輸入車の増加を抑えるために、輸入車の処分に対する課税額を引き上げ、実質的に輸入車の保有コストを上昇させている。
 
スイスの非営利団体(NPO)グローバル・トレード・アラートによると、20か国・地域(G20)で実施されている関税、反ダンピング税、輸入割当制、その他の輸入規制を含む貿易規制措置は、3月1日時点で4,650に上ったという。この数は2016年に第1次トランプ政権が始まってから75%増加しており、2008年末時点で実施されていた同様の輸入制限のほぼ10倍に拡大した。第1次トランプ政権が、世界に保護主義的な傾向を広げるきっかけを作った可能性があるだろう。
 
米国については、5,200の製品カテゴリーのうち90%以上が輸入規制の対象となっている。その割合は、第1次トランプ政権直前の約50%から拡大している。また、タックス・ファウンデーションによると、米国の平均輸入関税率は現在8.4%と1946年の水準にまで戻っており、トランプ政権の1期目がスタートした2016年の1.5%から大きく上昇している。

米国のDNAに組み込まれた保護主義的傾向

このように、世界に保護主義が広がるきっかけを作ったのは、現在の第2次トランプ政権ではなく、第1次トランプ政権と言える。さらに、第2次世界大戦後に自由貿易を主導してきた米国自身が、そもそも、そうした考えを引き継いでいると言えるだろう。
 
前出のダートマス大のアーウィン教授は、トランプ大統領による相手国の不公正な貿易慣行に対抗して関税を課すとの考えは、米国建国の父であるトーマス・ジェファーソンとアレクサンダー・ハミルトンがそれぞれ輸入増加に反発して、関税を受け入れた時代にまで遡る、と指摘する。「不公正貿易慣行に対しては、常に米国のDNAに組み込まれた何かがある」としている。

日本政府はトランプ政権の関税政策を批判すべき

日本政府は、日本を鉄鋼、アルミニウム、自動車の関税から除外するようにトランプ政権に求めている。日本が相互関税の対象となれば、同様に適用除外を求めるだろう。こうした取り組みは、国会や産業界からも期待されているところだ。
 
他方で政府は、「あらゆる選択肢を排除せずに」、トランプ政権に対して関税の適用除外を求める考えを示している。その選択肢には、報復関税が含まれることを滲ませているのだろう。
 
ただし日本は、長い米国との貿易摩擦の中でも、米国に対して報復関税を発動したことはない。これは、安全保障政策で強く依存する米国との関係悪化を避ける狙いがあると考えられる。しかし、その点を除いても、日本は米国に対して安易に報復関税を発動すべきではない。それは、報復関税の応酬、保護主義の蔓延をもたらし、世界貿易の縮小、世界経済の悪化につながるものであるからだ。
 
自国のためだけに関税の適用除外を求める「お願い外交」的な姿勢は、米国に誤ったメッセージを送ってしまうことにならないか。世界の自由貿易のリーダーである日本は、トランプ政権に対して、米国経済への悪影響も含めて関税策の弊害を説き、他方で自由貿易がすべての国の利益になることを訴え続けるべきだ。
 
さらに、関税の対象となった他の国・地域とも連携する形で、トランプ政権に対してそうした働きかけを続けていくべきだろう。
 
(参考資料)
“Bicentennial Edition: Historical Statistics of the United States, Colonial Times to 1970”, September 1975
“Trade War Explodes Across World at Pace Not Seen in Decades(貿易戦争、数十年来の速さで世界を席巻)”, Wall Street Journal, March 27, 2025
“Trump’s Tariffs Set to Make History and Break System He Loathes(トランプ氏の相互関税、新たな歴史刻む-米が構築した貿易体制解体へ)”, Bloomberg, April 1, 2025

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。