日本への優先交渉権は中国への面当てか
トランプ政権が9日に全面発動し、翌10日には90日間の一時停止を決めた相互関税について、他国に先駆けて日米間で交渉が開始される。交渉を担当する赤沢経済財政・再生相は訪米し、17日にも米国側の交渉役であるベッセント財務長官と協議する予定だ。日本側では、11日に赤沢大臣と林官房長官が共同議長を務めるタスクフォースが立ち上げられた。
ベッセント氏は日本との交渉で為替についても議論する意向を示しており、関税交渉と並行して為替の交渉が行われる。為替交渉で日本側の担当となるのは加藤財務相だ。
日本は他国に先駆けてトランプ政権と関税交渉を行うステータスを得た。しかしこのことを受けて、トランプ政権が日本に対して関税率の引き下げなどを前向きに考えてくれているとみなすのは誤りだ。相互関税が発表されると、日本は真っ先にトランプ政権に交渉を呼びかけた。これをトランプ政権は「恭順の意を示した」と評価したのだろう。即座に報復関税を発表した中国と異なる対応を日本に見せることで、相対的に中国に対して厳しい姿勢を打ち出すとともに、中国にトランプ政権に屈服するように圧力をかけたのである。また、中国に続いて報復関税を検討していた欧州連合(EU)などを牽制する狙いもあっただろう。つまり、トランプ政権が日本に優先的な交渉権を与えたのは、歯向かってくる中国などへの面当ての側面が強いだろう。
ベッセント氏は日本との交渉で為替についても議論する意向を示しており、関税交渉と並行して為替の交渉が行われる。為替交渉で日本側の担当となるのは加藤財務相だ。
日本は他国に先駆けてトランプ政権と関税交渉を行うステータスを得た。しかしこのことを受けて、トランプ政権が日本に対して関税率の引き下げなどを前向きに考えてくれているとみなすのは誤りだ。相互関税が発表されると、日本は真っ先にトランプ政権に交渉を呼びかけた。これをトランプ政権は「恭順の意を示した」と評価したのだろう。即座に報復関税を発表した中国と異なる対応を日本に見せることで、相対的に中国に対して厳しい姿勢を打ち出すとともに、中国にトランプ政権に屈服するように圧力をかけたのである。また、中国に続いて報復関税を検討していた欧州連合(EU)などを牽制する狙いもあっただろう。つまり、トランプ政権が日本に優先的な交渉権を与えたのは、歯向かってくる中国などへの面当ての側面が強いだろう。
トランプ政権は日本の関税率の大幅引き下げには容易に応じない
他方、日本は米国の貿易赤字額では国別に第7位、輸入額では第5位といずれも上位国であり、トランプ政権が安易に日本への関税率大幅引き下げに応じるとは思えない。トランプ大統領は当初、「驚くような提案」があった際には交渉を検討するとしていた。この点からも、対日貿易赤字を短期間で解消するような具体策を日本が示さない限り、トランプ政権は関税率の大幅引き下げには応じないのではないか。
他方、2024年に8.6兆円の対米貿易黒字を記録した日本が一気に削減する施策を実施すれば、日本のGDPは直接的な効果だけで1.4%も減少する計算であり、日本経済に甚大な打撃を与えてしまう。これは、10%の相互関税と25%の自動車などの関税が続く場合の日本のGDP押し下げ効果0.42%、90日間の停止後に相互関税が24%に戻り、25%の自動車などの関税が続く場合の日本のGDP押し下げ効果0.71%と比べても、かなり大きなものとなってしまう。
他方、2024年に8.6兆円の対米貿易黒字を記録した日本が一気に削減する施策を実施すれば、日本のGDPは直接的な効果だけで1.4%も減少する計算であり、日本経済に甚大な打撃を与えてしまう。これは、10%の相互関税と25%の自動車などの関税が続く場合の日本のGDP押し下げ効果0.42%、90日間の停止後に相互関税が24%に戻り、25%の自動車などの関税が続く場合の日本のGDP押し下げ効果0.71%と比べても、かなり大きなものとなってしまう。
日本はトランプ政権がすべての国に対する関税を本格的に見直すまで待つべき
日本側が仮に大幅な譲歩案を提示しても、トランプ政権から引き出すことができる関税率の引き下げ幅はわずかにとどまり、日本にとって不利なディール(取引)となる。他方で、対米貿易黒字を一気に減らすほどの譲歩案を示せば、日本経済に甚大な打撃となってしまう。
この点を踏まえると、日本は大幅な譲歩を示すのではなく、関税策がもたらす物価高、景気悪化を受けて、米国企業や国民の間で批判が高まり、トランプ政権が日本ではなく中国を含むすべての国に対する関税率を本格的に見直すまで待つべきではないか。それ以前に大幅な譲歩案を示すのは、日本の国益を大きく損ねてしまいかねない。
この点を踏まえると、日本は大幅な譲歩を示すのではなく、関税策がもたらす物価高、景気悪化を受けて、米国企業や国民の間で批判が高まり、トランプ政権が日本ではなく中国を含むすべての国に対する関税率を本格的に見直すまで待つべきではないか。それ以前に大幅な譲歩案を示すのは、日本の国益を大きく損ねてしまいかねない。
チキンレースは経済・政治体制の違いで中国が有利か
ちなみに、現在の高い関税率には、米国よりも中国の方が、耐性が高い可能性が考えられる。中国政府は、統制経済や財政拡張策を通じて、米国以上に関税が自国民に与える影響を緩和することができるのではないか。また、米国のように選挙によって政権が失われることがない。このような経済・政治体制の違いを踏まえれば、米国と中国が関税で我慢比べ、チキンレースを繰り広げる場合、中国の方が有利であり、いずれ米国が関税の本格的な見直しを検討すると見ておきたい。
交渉の戦略以上に重要な論点
以上は交渉の戦略面での議論であるが、それ以上に重要なのは、第1に、トランプ政権が主張する「コメの関税率700%」、「日本は円安政策をとっている」などは事実誤認であるため、まずはこうした点をトランプ政権に修正させることが重要だ。また、トランプ政権が米国製自動車の輸入を阻む非関税障壁に挙げる厳格な安全基準、環境基準、補助金制度などについても、その認識が正しくないことを正面から主張すべきだ。
第2に、交渉上で米国側に譲歩するとしても、トランプ関税が不当なものであることを、日本側は決して忘れることがあってはならないだろう。
第3に、米国が自由貿易から大きく距離を置く中、日本は自由貿易を主導する国として、自由貿易の推進を一層進めるべきだ。この点から日本は、自国の関税率を下げることのみに注力するのではなく、対米の個別交渉と並行し、他国と連携して米国に関税策の見直しを主張するべきだ。さらに、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の拡大と深化を進めることで、世界が100年前の保護主義に戻ってしまうことを何としても阻止するべきだろう。
(参考資料)
「対米交渉、着地みえぬ発進 関税・為替の議論分離狙う 試される「先頭」日本 赤沢氏、17日にも対面協議」、2025年4月12日、日本経済新聞
第2に、交渉上で米国側に譲歩するとしても、トランプ関税が不当なものであることを、日本側は決して忘れることがあってはならないだろう。
第3に、米国が自由貿易から大きく距離を置く中、日本は自由貿易を主導する国として、自由貿易の推進を一層進めるべきだ。この点から日本は、自国の関税率を下げることのみに注力するのではなく、対米の個別交渉と並行し、他国と連携して米国に関税策の見直しを主張するべきだ。さらに、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の拡大と深化を進めることで、世界が100年前の保護主義に戻ってしまうことを何としても阻止するべきだろう。
(参考資料)
「対米交渉、着地みえぬ発進 関税・為替の議論分離狙う 試される「先頭」日本 赤沢氏、17日にも対面協議」、2025年4月12日、日本経済新聞
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。