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トランプ政権の関税策を巡る混乱が続いている。11日にトランプ政権は、スマホ、PC、記憶装置(SSD)、半導体製造装置を相互関税の対象から外すと発表した。この措置は、トランプ政権が関税策を軟化させる兆候とも一部に考えられ、中国政府もこれを歓迎する姿勢を見せた。しかし13日にトランプ大統領は、「この措置は関税の除外ではなく、別の関税「バケツ」に移されるだけだ」と説明した。国ごとに異なる税率ですべての製品に適用される相互関税ではなく、鉄鋼・アルミニウムや自動車などと同様に分野別関税に分類される。さらに、従来から分野別関税が課されることが予定されている半導体関税に組み込まれることが明らかになった。

トランプ政権は、当初からスマホなどを相互関税の対象としないことを考えていたかのように説明しているが、それは正しくないだろう。トランプ政権が相互関税を打ち出した時点で想定していなかったのは、中国が報復関税で激しく対抗し、米国が中国向け相互関税を145%まで引き上げざるを得なくなったことだろう。中国以外の国からの輸入品に課す相互関税については、90日間は10%に維持されるが、中国製品のみ、145%の関税が適用される。これは、米国で中国製品の価格高騰を生じさせる。

トランプ政権が特に頭を悩ませたのは、アップル社のiPhoneだろう。iPhoneは米国で6割程度のシェアを持つが、その大半は中国で作られている。それに145%の高い関税が課されれば、米国でのiPhoneの価格は一気に2.5倍程度にもなってしまう可能性がある。これはアップル社にとって大きな打撃であり、消費者からも大いに不評を買うはずはずだ。そこで、主にiPhoneを念頭に、トランプ政権はスマホなどを相互関税の対象から外すことを決めたとみられる。

中国から輸入されるiPhoneには145%の関税がかかり、米国内での販売価格は2.5倍まで高騰する可能性があるが、半導体関税として分野別関税となれば、関税率はもっと低く抑えられる。トランプ政権が中国に対して弱みを見せることなく、関税率を事実上下げる策略だろう。

半導体関税の関税率はまだ決まっていないが、今まで実施されてきた鉄鋼・アルミニウム、自動車と同様であれば25%だ。いずれにせよ145%よりは格段に低い水準になるだろう。

米国が中国から輸入する主な品目は、スマホ、PC、家具、衣料品、玩具、大豆、トウモロコシなどだ。これらのうちiPhone以外については、米国内での生産や、南米などの他国からの輸入で代替することは可能だが、iPhoneはそうはいかない。

こうした対応をトランプ大統領自身は「柔軟」と表現しているが、実際は、周到な計画もなく杜撰な関税策を打ちだした結果だ。

このように、国内の企業や消費者に配慮して、この先も関税策の見直しを多く進めることになるだろう。しかし、相手国に配慮して関税策を大きく見直すことは、近い将来には考えられない。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。