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前回3月の理事会で利下げ停止を強く示唆していたECBは利下げ継続を決めた

トランプ関税の経済に与える影響を踏まえ、各主要中央銀行の対応は分かれている。欧州中央銀行(ECB)は17日、中銀預金金利を0.25%ポイント引き下げて2.25%とした。利下げは6回連続であり、現在の局面では7回目となる。
 
ECBは前回3月の理事会では、4月の理事会での利下げ停止の可能性を強く示唆していた。声明文では、「金融政策は実質的に引き締め的でなくなりつつある」とし、従来の「政策は引き締め的」という表現から変更した。これは、ECBの金融政策が、連続した利下げから様子見へと局面転換することを示唆したものだ。
 
そうした中、今回ECBが利下げ継続を決めたのは、前回の理事会以降に打ち出されたトランプ相互関税が想定以上の規模であり、ユーロ圏の経済を悪化させるリスクが高まったからだ。ラガルド総裁は、「異例の経済の不確実性により経済見通しは曇った。経済成長の下振れリスクは高まっている」と説明した。

トランプ大統領は利下げに慎重なパウエル議長に辞任を迫る

トランプ関税を受けて利下げの継続を決めたECBとは対照的に、金融政策の対応を決められないのが米連邦準備制度理事会(FRB)である。関税をかける側の米国にとっては、関税は物価上振れと景気下振れの双方のリスクを高めることから、金融政策の対応はより難しい。パウエルFRB議長は、しばらく様子を見る姿勢を強調している。
 
そうしたパウエル議長の姿勢を強く批判しているのがトランプ大統領だ。トランプ大統領は17日に、パウエル議長の「解任は一刻も早く実現すべきだ!」と発言した。「(パウエル氏に)辞めるよう要求すれば、辞任するだろう」、「彼の仕事ぶりには不満だ。そう彼に伝えた」と続けた。
 
トランプ大統領は政権一期目にも、FRBのイエレン議長とパウエル議長の解任を検討したとみられる。しかし任期途中に議長を解任することの法的ハードルがかなり高いことを認識しただろう。そこで今度は、議長としての任期を来年5月に迎えるパウエル議長に対して圧力をかけることで、自ら辞任を選択するように追い込む戦略に転じたのではないか。
 
しかしパウエル議長は辞任をしない意向を何度も示しており、実際のところ辞任しないだろう。トランプ大統領がFRBの金融政策に不当な政治介入を行い、利下げを強く迫るほど、FRBは利下げに慎重になる面がある。大統領の圧力に屈して利下げに転じれば、FRBの信認が低下してしまう恐れがあるためだ。

FRBは6月にも利下げを実施する可能性

パウエル議長は、関税による物価上昇はサプライショックによる一時的なものであり、それは金融政策で対応するのは適切でないとの見方が多いことを認める。しかし、一時的な物価上昇がインフレ期待を上振れさせれば、持続的な物価上昇率の上振れにつながる可能性があると説明している。これは、コメの価格高騰は一時的な現象だが、それがインフレ期待を上振れさせれば、物価見通しの上方リスクを高めてしまい、金融政策で対応する必要が生じる、との植田日銀総裁の説明と似ている。
 
実際には、そうしたリスクは小さく、関税による物価上昇、コメの価格高騰も一時的であり、他方で景気を悪化させることから、最終的には金融政策には緩和方向の圧力になるだろう。パウエル議長、植田総裁の説明は、それぞれ政府からの利下げ圧力、潜在的な利上げ停止圧力に抵抗する狙いがあるとみられる。
 
しかしながら、FRBは最終的には、関税引き上げが米国経済にもたらす下振れリスクに対応して、利下げの再開を決める可能性が高い。6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)での利下げを予想しておきたい。
 
その際には、トランプ大統領は「パウエル議長が自身の主張に屈した」と誇らしげに説明するだろうが、FRBは景気の下方リスクが高まっていることを明確に示す経済指標の発表が利下げ決定のきっかけであることを説明し、トランプ大統領の政治的圧力に屈した訳ではないことを強調するだろう。

トランプ関税は日本の物価上昇率、賃金上昇率が下振れる大きな転機に

18日に発表された日本の3月消費者物価指数で、生鮮食品を除くコア指数は前年同月比+3.2%と2月の同+3.0%を上回った。事前の予測平均値と一致した。コメの価格高騰などを背景に、高い物価上昇率はこの先もしばらくは続く見通しだが、トランプ関税は日本の物価上昇率を低下させる大きな転機になるのではないか。
 
関税による経済への悪影響を懸念して海外では原油価格など商品市況が下落している。またドル安円高の流れが強まっていることも、先行き、日本の輸入物価を押し下げる。さらに、先行きの経済の不確実性が強まったことで、企業は新規雇用や賃上げを控える動きを強めるだろう。来年の春闘では、賃上げ率が今年の水準を1%以上下回る可能性があるのではないか。
 
こうした動きは、「賃金と物価の好循環が強まり2%の物価目標が達成される」との日銀のシナリオを大きく狂わせてしまうだろう。トランプ関税によって日本経済が景気後退に陥る可能性は6~7割と見ておきたいが、比較的マイルドな景気後退であれば、日本銀行は追加利上げをさらに進めるだろう。

日銀は9月に追加利上げへ

しかし、利上げのペースは緩やかなものとなり、また政策金利の到達点(ターミナルレート)も高めにはならないと考えられる。現状では、日本銀行が0.75%への利上げに踏み切るのは今年9月、来年中ごろに1.0%までの利上げを行い、それがターミナルレートになると見ておきたい。
 
事前予想を上回る相互関税の発表で金融市場が動揺する前までは、日本では物価上昇期待の上振れと日本銀行の利上げの前倒し観測、あるいはターミナルレートの見通しの引き上げが続いていた。そうした状況は既に一変しており、仮に金融市場が安定を取り戻すとしても、金融市場の景気、物価、日本銀行の金融政策の見方は相互関税発表の前に戻ることはないだろう。この点から、日本の10年国債利回りが再び1%台後半まで上昇する可能性も低いと見ておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。