ベッセント米財務長官らがトランプ大統領に相互関税見直しを進言
4月9日に全面発動した相互関税を、トランプ政権は翌10日に見直し、上乗せ関税部分については90日間停止することを突如発表した。まさに朝令暮改であるが、その背景には、トランプ政権内での閣僚の暗躍があったことを、ウォールストリート・ジャーナル紙は伝えている。
4月9日に金融市場は大混乱に陥った。株価の大幅下落ばかりでなく、安全資産とされる米国債の価格が急落(利回りは急上昇)していた。このままでは、金融市場は加速度的に悪化し、いわゆるメルトダウンの状態に陥る可能性も意識された。
そこで、ともに金融界出身のスコット・ベッセント米財務長官とハワード・ラトニック米商務長官は、金融市場の沈静化を狙ってトランプ大統領に関税計画の一時停止を求めようとしていた。財務長官のポストを争ったライバル同士である2人も、この時ばかりは連携したようだ。
ただし、その際に大きな障害であったのは、ピーター・ナバロ米大統領上級顧問(貿易・製造業担当)の存在だった。ピーター・ナバロ氏は、トランプ関税の設計者であり推進者である。両氏のトランプ大統領への進言を阻むことは目に見えていた。
そこで両氏は、ナバロ氏が外出した時を狙ってトランプ大統領と会い、ピーター・ナバロ氏がホワイトハウスに戻るまでのごく短い間にトランプ大統領を説得して、90日間停止を公表させたのである。これは一種のクーデターのようなものだったと言える。
こうした経緯は、金融市場の動揺が関税策を食い止める力を持つことを表している。今後も、金融市場の動揺と関税策の迷走が繰り返されるだろう。
4月9日に金融市場は大混乱に陥った。株価の大幅下落ばかりでなく、安全資産とされる米国債の価格が急落(利回りは急上昇)していた。このままでは、金融市場は加速度的に悪化し、いわゆるメルトダウンの状態に陥る可能性も意識された。
そこで、ともに金融界出身のスコット・ベッセント米財務長官とハワード・ラトニック米商務長官は、金融市場の沈静化を狙ってトランプ大統領に関税計画の一時停止を求めようとしていた。財務長官のポストを争ったライバル同士である2人も、この時ばかりは連携したようだ。
ただし、その際に大きな障害であったのは、ピーター・ナバロ米大統領上級顧問(貿易・製造業担当)の存在だった。ピーター・ナバロ氏は、トランプ関税の設計者であり推進者である。両氏のトランプ大統領への進言を阻むことは目に見えていた。
そこで両氏は、ナバロ氏が外出した時を狙ってトランプ大統領と会い、ピーター・ナバロ氏がホワイトハウスに戻るまでのごく短い間にトランプ大統領を説得して、90日間停止を公表させたのである。これは一種のクーデターのようなものだったと言える。
こうした経緯は、金融市場の動揺が関税策を食い止める力を持つことを表している。今後も、金融市場の動揺と関税策の迷走が繰り返されるだろう。
ピーター・ナバロ氏の復権劇
もう一つ重要な点は、このピーター・ナバロ氏のトランプ政権内での影響力の変化が、今後の関税策を大きく左右する可能性が高いことだ。ピーター・ナバロ氏は元大学教授であり、カリフォルニア州の民主党員だった。2016年の米大統領選挙でトランプ陣営の中国問題のアドバイザーとして抜擢された。第1次トランプ政権では、中国への制裁関税を主導したが、その後、トランプ政権内で孤立して影響力を失い、重要な貿易会議などから締め出されていった。
そうしたピーター・ナバロ氏が第2次トランプ政権で復権を果たすきっかけになったのは、2024年に刑務所に服役したことだ。2021年1月6日の米議会議事堂襲撃事件を調査する下院特別委員会の調査に協力しなかったことで、ホワイトハウス高官として初めて法廷侮辱罪で4か月投獄された。ピーター・ナバロ氏は、「同委員会がトランプ氏を裏切るよう要求したが自身はそれを拒否した」と、後に説明している。こうした行動が英雄視されるとともに、トランプ大統領への強い忠誠を証明することとなり、第2次トランプ政権で復権を果たしたのである。
そうしたピーター・ナバロ氏が第2次トランプ政権で復権を果たすきっかけになったのは、2024年に刑務所に服役したことだ。2021年1月6日の米議会議事堂襲撃事件を調査する下院特別委員会の調査に協力しなかったことで、ホワイトハウス高官として初めて法廷侮辱罪で4か月投獄された。ピーター・ナバロ氏は、「同委員会がトランプ氏を裏切るよう要求したが自身はそれを拒否した」と、後に説明している。こうした行動が英雄視されるとともに、トランプ大統領への強い忠誠を証明することとなり、第2次トランプ政権で復権を果たしたのである。
金融市場の動向とピーター・ナバロ氏の動向の2つが今後の関税策に大きな影響
相互関税で各国ごとに課される関税率のベースになった、米国製品への実質関税率は、貿易赤字額を輸入額で割ることで算出されるという荒唐無稽なものだったが、それはピーター・ナバロ氏が考案したとされる。経済諮問委員会(CEA)と米通商代表部(USTR)が作成したより洗練された計算式ではなく、このピーター・ナバロ氏の計算式を、トランプ大統領は最終的に採用したという。
世界経済と金融市場を大きな混乱に陥れるトランプ関税策は、ピーター・ナバロ氏が主導していることは明らかである。ホワイトハウス内で軋轢を生じさせている同氏が、第1次トランプ政権と同様に孤立し、政権内での影響力を低下させていけば、それは関税策の大きな見直しに直結するだろう。
こうした点から、金融市場の動向とピーター・ナバロ氏のトランプ政権内での動向、この2つが、今後のトランプ関税策を占う重要な指標となるだろう。
(参考資料)
“Trump Advisers Took Advantage of Navarro’s Absence to Push for Tariff Pause(トランプ関税の一時停止、ナバロ氏不在の隙に2閣僚が提案)”, Wall Street Journal, April 19, 2025
“Trump’s Tariff Man Peter Navarro Is Down but Not Out(トランプ氏の「関税男」ナバロ氏なお健在)”, Wall Street Journal, April 11, 2025
世界経済と金融市場を大きな混乱に陥れるトランプ関税策は、ピーター・ナバロ氏が主導していることは明らかである。ホワイトハウス内で軋轢を生じさせている同氏が、第1次トランプ政権と同様に孤立し、政権内での影響力を低下させていけば、それは関税策の大きな見直しに直結するだろう。
こうした点から、金融市場の動向とピーター・ナバロ氏のトランプ政権内での動向、この2つが、今後のトランプ関税策を占う重要な指標となるだろう。
(参考資料)
“Trump Advisers Took Advantage of Navarro’s Absence to Push for Tariff Pause(トランプ関税の一時停止、ナバロ氏不在の隙に2閣僚が提案)”, Wall Street Journal, April 19, 2025
“Trump’s Tariff Man Peter Navarro Is Down but Not Out(トランプ氏の「関税男」ナバロ氏なお健在)”, Wall Street Journal, April 11, 2025
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。