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トランプ政権は楽観的だが日米関税協議の落としどころはなお見えない

赤沢経済再生担当相は、4月30日から5月2日に訪米する。現地時間の4月30日、日本時間の5月1日にも、ベッセント米財務長官と2回目の会談が行われる予定だ。
 
赤沢大臣は、「今回の会談は難しい交渉になる」との見通しを示している。それに対してトランプ政権からは楽観的な発言が目立つ。トランプ大統領は訪問先のバチカンで25日に、「(日本との合意は)極めて近い」と語った。またベッセント財務長官は、日本との間で「非常に実質的な交渉が行われたと考えている」とし、「早ければ今週か来週に最初の合意に達すると思う」との見通しを示している。
 
トランプ政権が交渉について楽観的な見通しを示す際には、相手国側の大幅な譲歩が前提であることが多く、実際には相手国に揺さぶりをかける交渉術の一環という側面も考えられるのではないか。日本側から得られる情報では、早期に合意に達するような楽観的なものはみられない。
 
過去の日米貿易交渉と同様に、今回も農産物と自動車の取引、という性格が強い。ただし、日本政府が働きかけている25%の自動車関税の廃止については、トランプ政権は日本だけを特別扱いできない、との回答をしている。政府内では、自動車関税を廃止できないのであれば、農産物の輸入拡大などで日本は譲歩すべきではない、との意見が強まっている。赤沢大臣は、自動車のために日本の農林水産業を犠牲にすることは考えていない、と明言している。
 
日本ではコメの価格高騰が続いていることを踏まえ、トランプ政権は、今なら日本は米国からのコメの輸入拡大を受け入れやすいと考えている可能性があるだろう。しかし政府、与党は、7月に参院選挙を控えて、重要な票田であるコメ農家に不利になる合意をすることを安易に受け入れることはないだろう。

米国産大豆、トウモロコシの輸入拡大と輸入自動車特別取扱制度の適用条件緩和

そうしたなか、日本政府がトランプ政権への譲歩案として検討している可能性があるのは、米国産の大豆、トウモロコシの輸入拡大ではないか。森山自民党幹事長もそれに理解を示しているとされる。
 
日本にとって米国は両者の最大の輸入相手国である。中国が高い制裁関税を課したことで、米国産大豆、トウモロコシの対中輸出はこの先、減少する可能性がある。その穴埋めを日本が行うという案だ。ただし、日本での大豆、トウモロコシの需要がすぐに増える訳ではないことから、米国からの輸入増加分はブラジルからの輸入調整によって実現させることを政府は検討している。
 
また政府は、日本での米国車の輸入・販売台数が少ないことに強い不満を持つトランプ政権に配慮して、年間販売台数が少ない輸入車の認証手続きを簡素化する「輸入自動車特別取扱制度」の適用条件を緩和することを検討している。これが実施されれば、適用される型式では、安全性や環境性能の審査が大幅に簡素化されることになる。

トランプ政権が日本との暫定合意を検討している可能性

しかしこれらの譲歩案だけで、トランプ政権から関税率の大幅引き下げを引き出すことは難しいだろう。ただし、トランプ政権が日本との間でとりあえず暫定的な合意を検討している可能性がある。日米関税協議を巡るトランプ政権側が示す楽観的なコメントは、それを前提としていることも考えられる。
 
日本は、少なくとも7月の参院選挙までは農産物の輸入拡大などで譲歩はしにくい。他方トランプ政権は、相互関税の90日の停止期間が終わる7月までに多くの国と協議をまとめるために、まずは日本との間での合意を急ぎたいという事情があるだろう。
 
そこで、まずは規模の小さい合意をまとめ、本格的な合意は参院選後に先送りするとの考えがトランプ政権側にあるのではないか。あるいは日米間でそのような密約が議論されている可能性もあるだろう。貿易交渉が行き詰まると、両者が折り合える範囲内でとりあえず第1の合意をまとめるという手法は、第1次トランプ政権時にも中国との間でみられた。

日本は大幅譲歩をすべきではない

トランプ政権が日本との間で暫定合意をまとめることを急いでいるのであれば、交渉は日本側に有利に働き、合意のために大幅な譲歩をする必要はないだろう。トランプ大統領は第1回関税協議の際に、「対日貿易赤字をゼロにしたい」と語ったとされる。これが、トランプ大統領が日米関税協議で最終的に目指していることなのではないか。
 
仮に日本が2024年に8.6兆円に達した対米貿易黒字を一気にゼロにする施策を受け入れれば、それは日本のGDPを1.4%も減少させる。他方、現在の自動車・自動車部品(5月3日から適用)、鉄鋼・アルミニウムの25%の関税と10%の相互関税が続く場合、それはGDPを0.46%押し下げ、相互関税率が90日後に24%に戻る場合でも、GDPの押し下げ効果は0.75%である。
 
対米貿易黒字を一気になくすような譲歩案を示すのであれば、現在の関税率を甘受し続ける方が、日本経済への打撃は格段に小さい。この点から、日本は、トランプ政権に対して、急いで安易な譲歩を行うべきではない。むしろ、トランプ政権が米国金融市場や経済への打撃、国民からの批判を受けて、自らすべての国に対する関税率を本格的に縮小させるのを待つべきだろう。
 
(参考資料)
「赤沢氏、30日~5月2日訪米 2回目会談へ 今回は「難しい交渉」」、2025年4月28日、ロイター通信
「輸入車、簡易認証の拡大案=日米関税協議の材料」、2025年4月28日、時事通信

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。